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渇欲 57
2017-05-04 Thu 21:00


このお話はフィクションです






「…ぃッ」



ベッドの上でチョン・ユンホに抱えられた時
前日に受けた傷に手が当たり、俺は小さく呻いた



『痛むか?明日医者を来させよう』



大した傷ではないけれど
そんな風に言うヤツの妙な優しさがくすぐったい



「いいって…こんな傷で往診なんかさせたら笑い者だよ」



そう言いながら
抱えられたままでヤツの厚い胸へ倒れこむ



この部屋で過ごす三日目の夜
三日という時間は、実際の日にち以上にお互いの距離を縮めていた気がする



ヤツの身体から香るボディーソープの匂いも
もう嗅ぎ慣れた匂いの様に思えて



包まれる温もりも
その心地よさを俺の身体が覚えてしまった様で
フレアと全力疾走して疲れた身体に、穏やかな入眠を促してくる



乙旺里の海岸にあるレストランでひとときの休息を楽しんだ俺たちは、再びヤツのマンションへと戻っていた



帰ってきて早々大きな荷物を抱えたセフンが現れて、俺をチラッと一瞥した後ヤツへ仰々しく頭を下げて帰って行った
その荷物は、真新しい衣服類だったんだけど



『お前にやる服が無くなった。
お前は細いから、俺のではだいぶ大きいと思ってな』



セフンはお前と体型が似てるから、自分に合う服をいくつか見繕って来るよう頼んだのだとヤツは続けた



『服を見てお前が一番欲しいと思った服はそのまま俺からのお礼だと思ってとっておいてくれ、と言ったら案外すんなり引き受けてくれた』



そう言って笑いながら荷物を広げるチョン・ユンホ



俺がセフンをおちょくった時、代表の事を悪く言うなと食ってかかった事を思い出した
きっとあの男は、チョン・ユンホを崇拝しているんだろう



「ご丁寧に新品の下着類まで入ってるけどさ、これじゃまるで、俺がこのままこの家に居着くみたいなんだけど」



広げられた荷物を見ながら口を尖らせる



『何だ。このまま居着きたいのか?
俺は時折、お前がこうして来た時の準備をしておいたつもりなんだが』



「なっ…!」



年がいくつも変わらないセフンはおちょくる事が出来ても
この男には、こんな風にあっさりからかわれてしまう



「居着かねーよ!フレアには会いに来るけどなっ」



俺はそう言って広げた荷物を一まとめにして、リビングで寛いでいるフレアの元へと逃げた



飼い主と同じ様な細面の顔にアーモンド型の目…
ヤツの目が黒曜石の様な色をしているのに対し、フレアは綺麗な琥珀色を瞳をしている



その目をキョトンとさせて抱きついた俺を見返すフレア
眠っているところを邪魔されたからか、長い足を伸ばして煩そうに俺を押し退ける



フレアのふわふわした毛の柔らかさが心地よくて
俺はしつこく隣に寝転び、フレアにまとわりついた



『フレアに嫌われるぞ。
彼に会いにくるんだったら、嫌われたら元も子もなくなる』



すぐ側まで来ていたチョン・ユンホに腕を引っ張られた



『フレアに嫌われたら、俺に会いにくればいいがな』



勘違いしてしまう様なヤツの甘い囁きは
海辺で与えられた優しいキスを思い出してしまう



見つめられるその目を逸らしてしまうのは
ヤツにとって俺がどんな存在なのかという事を
勘違いしてしまいそうになるからだ



「そりゃ会いにくるさ!あんたは俺のターゲットなんだからな!」



ヤツの胸を
さっきのフレアみたいに手を突っ張って押しのけて言う



そんな精一杯の強がりも



夕刻にやって来たプロの料理人によって作られた夕飯の美味しさと
ヤツが好きだと言う日本製のウィスキーの上品な酔いが



あっさり俺を陥落させてしまう



出張料理人に夕食を作ってもらうなんて、俺の人生においてある筈も無く
そんな些細なサプライズも俺に妙な高揚感を招いた



酔い覚ましにフレアと夜の散歩に出かけて
帰ってきた後、傷口に染みるお湯に顔をしかめながら広いバスタブに身体を沈めた俺は



今夜もこの男の腕の中に居る



『ターゲットと一緒にいる割には、全く質問もして来ないな?』



身体を交えた後
程よい疲労感でヤツの胸に抱かれていた俺へ、煙草に火をつけながらチョン・ユンホが言った



「相手を籠絡しようとして、手っ取り早くベッドに潜り込んだと思われたくないからな」



チンピラに乱暴され身体に傷を作りながら
今夜もヤツの与える快楽を余す事なく享受した俺が言う事じゃないかもしれないんだけど



『ほう。俺がお前の身体に翻弄されて秘密を吐露すると言うのか』



紫煙を燻らせながら、片手で俺を抱き寄せるチョン・ユンホ
その不遜な言い方にすら、大人の男という色香を色濃く滲ませている



「どうだろうな。俺に秘密をバラして記事にされたところで、きっとあんたは屁でもないだろうけどね」



口に咥えている煙草を奪い灰皿へ押し付ける
その代わりにヤツの唇に俺の舌をねじ込んだ



奥深い官能を与えられてもなお、ヤツを求めてしまう
俺が渇いていた物の全てを、この男によって潤わせて行く様に



「油断した所で一気にその首へ刃を突き立てるかもしれないよ?」



お互いの口腔内を存分に掻き回した後
その隙間から溢れる雫を舌で舐めとってから、ヤツへ告げる



『お前の標的にされるだけでなく、その恐ろしい刃を受けるのも悪くないな』



いや……
狂おしい程の情欲という刃を突き立てるのはあんただ
チョン・ユンホ……



「美人局って言うけどさ。男の場合は何て言うんだろうな?
俺の身体にのめり込むあんたに…ピロートークで秘密を話させるんだ…」



自分で話している言葉も夢か現か分からない
チョン・ユンホの腕の中で、俺は情交後の気怠さのまま眠りに落ちて行く



『ピロートークでか…お前の求める真実は、俺が話す事の中に存在するだろうか?』



チョン・ユンホのやや性急な口調が、耳に心地よい



「テミンが言ってた…ピロートークで聞き出せってさ…」



“高校生のくせにけしからんことを言う奴だ”



そう言ったチョン・ユンホの声は、俺の耳にはもう聞こえていなかったけれど
寝息を立て始めた事を確認することもなく、ヤツはゆっくりと話し始めた



チョン・ユンホには一回り年上の姉がいた事
テミンは、その姉の子供だという事



そして、その姉が
チョン・ユンホが唯一愛した女だったという事を







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渇欲 56
2017-04-29 Sat 21:00


このお話はフィクションです






「うわっ!フレア、速いってば!」



週末とはいえ、この寒い時期の乙旺里(仁川広域市にある海水浴場)には人っ子一人いない



車から降りて早速念願の散歩をし始めた俺は
ご機嫌なフレアの全速力での疾走についていけず、砂浜で見事に転んだ



フレアはそんな俺を気にもとめず、リードをぶら下げながら自分の好きなペースで走って行ってしまう



『フレア、Come!』



車を駐車場に停めた後、俺の後ろからついてきていたチョン・ユンホがそう声を掛けると
フレアはヤツの元へとあっさり戻って来る



『ダメだな…若いくせに脚が全くついて行ってなかったぞ』



転んだ俺の手を引っ張って、立たせてくれたヤツが笑いながら言う
ヤツの指が俺の頰に触れた



『砂が……』



どうやら転んだ際についたらしい



俺の顔についたそれを払いながら
その指は顎を掬い取って、柔らかな唇の感触を誘った



冷たい潮風が、重なる唇に潮の香りも届けてくれる



なぜ…
今日の口づけはこんなにも優しいのだろう



足元で大人しく伏せたフレア
彼のリードを持ったチョン・ユンホのもう片方の手が、俺の腰を引き寄せる



官能を呼び起こす様な深いそれではなく
身体の奥に、妙な感情を際立たせる様な優しい口づけ



これじゃ、まるで…
……いや、そんな事があるわけ無い



「もう一回、散歩し直す!」



自分の存在定義を勘違いしてしまいそうで
抱き寄せられたヤツの腕から抜け出した



海岸沿いを、今度はリードを短く持って歩く
フレアは時折俺の顔を見上げながら、歩調を合わせて付いてくる



その後ろを
日差しが眩しいのか、チョン・ユンホが目を細めながら付いてくる



冬空の中でも
周りにはやけに穏やかな空気が流れているようで



それは
時の流れまでもがその針をゆっくり進めている様だった



この男と、こんな風に歩いている自分が信じられないけれど
それでも、今この時間を共有しているという事実



この男は…
この時を、この空間をどう思っているんだろうか…



俺とフレアの数歩後をゆっくり歩くヤツの顔を、少しだけ首を捻り覗いてみる



何だよ…何で微笑んでるんだ…



初めて見るヤツのそんな表情に、いつになく鼓動が早まる
くそッ…俺の体はどうなってんだ!



目が合いそうになるのを、隣を歩くフレアの頭を撫でて誤魔化す



『シム・チャンミン。
この先に俺の持ち物の店がある。そこで一休みしよう』



いつの間にか歩調を早めたチョン・ユンホは
いつの間にか隣に並び、顎で行き先を示す



海岸に大きくせり出す形のテラスを配した小洒落た建物が見えた
入口にはすでに来る事を知らされていたらしい従業員が頭を下げて出迎える



テラスに置かれている大きなテーブルとソファー
その横には暖をとるストーブも置かれていて
チョン・ユンホは俺の腰にスッと手を回し、その席へと座らせた



コの字型のソファーに並んで座る
真冬のテラスは寒々しいけれど、ストーブのおかげで寒さは感じなかった



従業員から水を貰ったフレアはそれを飲んだ後
足元に置かれたラグに優雅に体を横たえる
ここにはよく来るんだろうか?フレアのそんな様子から、来慣れている感じがした



『小さい頃から俺は海を眺めるのが好きでな。時間が出来るとここに来るんだ』



運ばれて来た暖かいスープを口に運びながら、ヤツがぽつりと言った



「あんたアメリカ育ちだよな。スタンフォード大学ってカルフォルニアだったっけ。海の側だもんな」



前に調べた事を言いヤツの話に合わせる



「カルフォルニアは太平洋でこの海は西海だから、海の色も違うんだろうけどな」



いつか写真で見たカルフォルニアの海は鮮やかな碧い海で、明るいイメージだけれど
冬の西海は静かな蒼い色で、ねずみ色の曇り空と似合うという印象だったから



『いいんだ、むしろ違う方がいい。
同じ色の海を見ると思い出したくない記憶も蘇る』



海を眺めるように置かれたソファーの上で、俺の手を握ったチョン・ユンホ
心なしかその手は震えていた気がした



ヤツの頭の中にあるアメリカの記憶は
お姉さんの死もあって辛いものなのかもしれない



俺に打ち明けようとしている訳ではないんだろうけれど、それを隠している様にも見えなかった



理不尽な暴行を受けてショックで震えていた昨日の俺
この男の温もりが傷を癒してくれた



今日は俺が
握られた手を…ヤツの大きな手を握り返す
言葉ではなく、手を握り返すという事で会話をしているみたいだ



『来週は忙しくなりそうだ。青瓦台がもっと慌ただしくなるだろう。
お前もあの事務所で泊り込む事になるかも知れんな…あのボロさでは隙間風が寒そうだ』



余計なお世話だ、そう思ったけれど
俺と同じで、ヤツもあえて憎まれ口を叩いてるのかもしれないって思った



「俺は…これからもあんたを追い続けるよ。
青瓦台の騒ぎの裏側にも…きっとあんたの顔が見え隠れしてくるだろうからな』



『情熱的だな、シム・チャンミン。
お前に追われるのならば、それはそれで悪くない』



握られた手はそのままに
チョン・ユンホは、もう片方の手で俺の顔を引き寄せる



『お前に追われて向かう先がたとえ地獄だったとしても、俺はこの手を離さんぞ。覚悟しておけ』



……それで構わない
俺はチョン・ユンホという監獄へと投じられる事を望んだのだから



今度は俺が
空いている手でヤツの顔を強引に近づけて、柔らかい唇を塞いだ



「望むところだ。あんたの全てを暴いてやる」



全ての事が向かう先にどんな答えがあるのか、それはまだわからない



チョン・ユンホという男の“真実”を知る事は
シム・チャンミンの“渇き”を満たしてくれるんだろうか



二人が進んでいる荊棘の道
その行き先が地獄か、天国か…
その答えは、俺自身が導き出さなければならないんだ



見つめる海に立つ波は、今は静かなままだけれど
いつ雲行きが変わり強い風が吹き大きな波を立て始めるかもわからない



今はただ…
この男と互いの体温を感じ、穏やかな空間を共有していたいんだ



歩き疲れたフレアがこくりこくりと眠たそうに目を細めているのを見ながら



隣の男の温もりを、ただひたすら心地よく感じていた俺だった






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渇欲 55
2017-04-26 Wed 21:00


このお話はフィクションです






この男に植え付けられてしまった官能は
俺の四肢を完全に絡め取っている様で



ヤツがただ食事をしているだけでも
その艶めいた唇が、俺の身体を疼かせてしまう



身体だけではなく
この男は、俺の心をもあっさりと掴んでしまった



自分の中にある渇いた部分が
チョン・ユンホという男によって満たされてゆくことが怖いんだろうか…



俺は……



『どうした?自分が作った料理の味付けがおかしいのか?俺は美味しく頂いているがな』



そんな俺の心を読んでか
あえてとぼけた事を言ってくるチョン・ユンホ



きっと今
俺はこの男を求めている様な顔になっていた筈で
途端に恥ずかしさが込み上げてきた



「いやっ、別にっ。そりゃあうまい筈だよ!
俺、レストランでバイトしてからな!」



ヤツの前ではどうもうまくいかない
しどろもどろになり、殊更大きな声で言い返す
そんな俺の元にフレアが寄ってきた



「ん?お代わりか?
俺はお前の食事係かよ。仕方ないなぁ~」



フレアの頭を撫でて立ち上がる
するとチョン・ユンホがコーヒーカップを突き出した



『お前の作るカフェオレの味は丁度良い』



チッ…
お前もお代わりかよ、全く
この男も俺を係みたいに扱いやがって…



「フレアはさ、いつまでここに居るの?お姉さんから預かってるんだろ?
俺、こういうデカイ犬と一回散歩してみたいんだけど」



小さい犬は友達の家で抱っこした事もあるけれど
こんな珍しい犬を散歩させたらさぞかし楽しそうだと思って聞いてみる



今日は休みだし
昨日の嫌な記憶も、この男への恋愛感情の様な妙な気持ちも
フレアと一緒に思い切り走って忘れたかった



『毎日散歩させてもいいぞ?お前は若いし、そこそこ体力もありそうだからな。フレアも喜ぶだろう』



カフェオレのお代わりを受け取って一口飲んだチョン・ユンホは
新聞を広げて、俺の視界から急に見えなくなる



『フレアの飼い主は死んだ。
彼は永遠に預かりっ子のままだから、いつでも連れて行って構わん』



え…?
何て言った?
お姉さんは亡くなったのか?



そう言えば…



〈シムさんにヒントだけあげるよ。
あいつには過去に失った大きな存在がある事。
その哀しみの反動が、全てを掌握しようとする原動力になってるって事を…〉



Luciferがそんなことを言ってたっけ
過去に失った大きな存在っていうのがお姉さんって事か?



「……えっ、ああ、そうなんだ。
じゃあ今日連れて行っていいか?俺、今日は休みなんだ」



この部屋の隅にひっそりと飾られていた写真を思い出しながら、お姉さんの事には触れずに訪ねる



なんとなく聞いてはいけない気がした
こんな俺でも…その事は深い事情があるって察したから



『取材は平日限定、週末はしっかり休むのか。まあ、メリハリあるというのはいい事だ

……俺も休みだから、車でも出そう』



は?散歩だって言ってんのに…
新聞を畳んだヤツは、すたすたと部屋を出て行った



よく分かんないけど
あいつとはいつも会話が噛み合っていないし、まあいいや



「食べ終わった皿ぐらい自分で下げろっつーの…」



チョン・ユンホが置きっ放しにしている皿を渋々片付けて、フレアの飲み水を新しく変えてやる



『これも俺には少し小さめなんだ。お前に丁度いいだろう』



前触れもなくいつの間にか戻ってきたヤツが、手に持ったものを俺に渡して寄越す



それは、紺色のシンプルなコートだった
肌触りが滑らかで心地よく、どうやらカシミヤだと思われる



『昨日の事でコートが汚れていただろう?それを着ていけ』



見るとチョン・ユンホも
普段の黒い三揃いのスーツ姿からは随分イメージの違う、カジュアルな服装に着替えていた



「スーツ姿が似合うヤツの普段着って、なんかゴルフウェアみたいだよな」



いつも流し固めている黒髪も、今日は朝見たまんまの洗いざらしの状態で
なんとなくドキドキしてしまう自分が情けなくて、嫌味っぽく言ってしまう



『スーツが似合うと言ってもらえて恐縮だ』



ヤツは俺の頭をぽんと叩いてから『フレア、行くぞ』と声をかけた



フレアの後に、俺も渡されたコートを羽織ってついて行く
チョン・ユンホはフレアの首に刺繍の施された太い首輪を付け、先に靴を履いた俺も一緒に玄関を出た



「ひゃー、駐車場もあんた専用のがあんのかよ」



専用のエレベーターに乗り地下に降りたつと
想像していた広い共有駐車場ではなく、数台しか停められない広さの空間が広がっていた



俺があの夜、目を奪われた黒塗りのベンツは無い
いつも秘書らしい男が運転して来てるから、あれは仕事用なんだろうか
フレアはそのうちの一台に向かって小走りに向かう



『あれはフレアの車なんだ』



その言葉を聞いて口をあんぐり開ける俺
その横を何事もなかったようにヤツが通り過ぎ、リアゲートを開ける
それを待っていたようにフレアが車に飛び乗った



『ほら、行くぞ』



いつまでもぽかんとしている俺の手を引き、座席へと座らせたチョン・ユンホ
リモコンで駐車場のゲートを開けて、車は走り出した



あの夜…
この男と初めて出会った時目を奪われた黒塗りのメルセデスベンツAMG
『フレアの車』と言っていたこの車もベンツだ



いわゆるSUVタイプのこの車がいくらするのか見当もつかないけれど
後部座席の窓を開けてもらったフレアが嬉しそうに顔で風を感じているのを見たら、どうでもよくなってきた



『ああやって外の空気を嗅ぐのが楽しいらしい。冬はたまったもんじゃないがな』



俺が首を後ろに向けてフレアの姿を見ているのへ、ヤツが苦笑気味に言った
確かに暖房を入れていても、冷たい風が前まで流れ込んでくる



「しかしさぁ。犬にベンツが一台か…
他にも停まってたよな。あれもあんたのでしょ?
仕事に行く時の黒いのが一台…何台あるんだよ」



SUVタイプのベンツの横にもう一台ベンツが並んでた事を思い出し、呆れ気味に独り言ちた



『なんだ。お前も欲しいのか?
確かにお前は俺の物だからな、一台あってもいいかもしれん』



…ダメだこいつは
今まで、この男の凄すぎる経歴ばかりに気を取られていたけど
実は頭の中がいかれちゃってるのかもしれないな



「あのね。あんたの物でも何でも、俺専用の車なんかいらねえよ。ポンコツだけど自分の車あるし」



冗談じゃない
車なんかもらったら、それこそ愛人じゃねーか



『俺の物、と認めるのか?可愛いやつだ』



ヤツは俺の言葉じりを捕らえるようにニヤリと笑い、右手で俺の手を掴む



「やめろ!ちゃんと前見て運転してくれよ!
あんたと車に同乗したまま死んだら…何て言われるか想像しただけで変な汗が出るわ」



『そうだな……
テソン代表、年下の恋人と心中か?!という風に、センセーショナルかつシンプルなタイトルになるだろうな』



恋人…?俺が恋人だって言うのか?
…例えば、っていう話だよな



フレアのために全開になっている後部座席の窓から、潮の香りがしてきた事にも
“恋人”というキーワードに動揺していた俺は全く気がつかないでいた



奇妙な関係性の男二人と犬一頭を乗せたMercedes-AMG GLE 63Sは



その白い車体に西海の風を受けながら、乙旺里の海岸へと近づいていた







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渇欲 54
2017-04-23 Sun 21:00


このお話はフィクションです






不安や迷い、そして怯えという感情があると
人間というのは、決まって悪夢を見るものだ



あれだけの暴行を受け恐怖に震えた日の翌朝
俺は悪夢を見るどころか、夢という夢を全く見ることなく目が覚めた



そんな俺の目には見た事がある天井が映る
首を横に向けるとそこには、両手で枕を抱え込む様にして眠る男の姿があった



いつもは流し固めている黒髪がさらさらと横に垂れ
射抜くような鋭い眼光を見せる漆黒の瞳も瞼に隠されている



チョン・ユンホの寝顔…
威風堂々とした普段の姿からは想像出来ないほど、柔らかな印象を受ける



すーすーと規則正しい寝息を立てるこの男の隣で眠ったという事が
酷い目に遭った俺に穏やかな眠りを与えてくれたんだろうか…



昨夜
俺は【紫蘭】へと単身乗り込んでいった



と言っても、取材のために果敢に攻め込んだわけではなく
俺がチョン・ユンホの物だと言われているという
噂の威力を試したかっただけなんだけれど



その威力云々ではなく
結果的には、標的である筈の男に惹かれているという事実に気づいただけだった



ただ黙って、俺の肩を抱き寄せたチョン・ユンホ



ヤツの体温で
ヤツの匂いで
俺は、言いようのない安堵感に包まれた



車で来たであろうチョン・ユンホの羽織っていたコートは冷たいままで
ヤツが…俺を包んでくれたその温もりが、コートに移る間も無いほどの短時間で来た事を予想させた



俺が乱暴されたと知らされて急ぎ駆けつけたんだろうか…



身体の相性が良い愛人だから?
お気に入りの愛妾だから?
それとも……



ふと睫毛に触れてみたくなって手を伸ばすも
そんな恋人みたいな事をしてどうなるのかと我に返り、その手を止めた



ヤツにとって俺は…目新しいオモチャ程度だろう
愛人?愛妾?なんて言われてるけれど、それ以下の存在かもしれないんだ



俺がチョン・ユンホを想う気持ちも…
そもそも一時的なものかも知れない



以前何かの取材の際、心理学者に聞いた事がある



人間というのは生理的覚醒状態、つまり脈拍が上がり心臓がドキドキする様な事があった時
異性が近くにいるとその相手に対してドキドキしていると錯覚する事があるらしい



相手が魅力的だった場合、より一層その錯覚が起きやすい



俺の場合、相手は同性だったけれど
そんな状態に当てはめるとなんとなく合点が行く



こんな男に…いや、言い方が違うな
こんなすごい男に…恋心なんて持ったってしょうがない



恋の様な感情は
錯覚だと思った方が賢明な判断だろう



コツン
カツッ、カツッ



ふと、部屋の扉の所で音が聞こえて物思いから現実に戻る
眠っているヤツを起こさない様にそっとベッドから出て、扉を開けた



するとヤツの愛犬フレアが扉の前で座っていた
恐らくは長い前足の爪で扉を叩いて鳴らしたんだろう



さっきの音は、ドアを開けてという彼の控え目な合図だったらしい



「フレア。どうした?ごはんかな」



じっと見上げる彼に尋ねながら、前日に来た時の記憶を辿りながらリビングへ向かう
フレアもそんな俺について来た



キッチンに一緒に入ると
フレアは食器棚などが並んでいる場所の前で、その長い鼻先で一つの棚を突くようにしている
その扉を開けると、そこには彼のフードが入っていた



「お前賢いなぁ!これが食べたい、って言うんだな?」



犬は飼った事がないけれど、彼は相当頭がいいんだと素直に感動してしまった
フードのパッケージで分量を確認して、この前教わった様に彼専用の台へと置いてやった



キッチンを見渡すと今日は週末だからか、キーパーの人が作るという朝食らしき物は見当たらない



冷蔵庫を開けて朝食に出来そうな材料をピックアップする
大学の時にレストランでバイトしていたから、こういう事は得意なんだ



新鮮そうな葉野菜を洗ってちぎった所にトマトをサイコロ状に刻んで加え
オリーブオイルとバルサミコ酢に、ブラックペッパーを振って作ったドレッシングで和える



ほうれん草はスライスベーコンがあったから、それに卵を加えて炒めた
パンをスライスしてトースターで焼いていると、リビングのドアが開く音がした



『いい匂いだ』



ラフにボタンを止めたシャツを羽織ったチョン・ユンホが、片手に新聞を持って部屋へ入って来た



「あ…悪りぃ、勝手に冷蔵庫を漁ったから。もうすぐ出来るからさ。あ、コーヒー飲む?」



なんとなくヤツの顔を見る事が出来なくて
ヤツが返事するタイミングを掴めないくらいの早さでまくしたてた



この男に…甘えてしまった自分を
そんなわざとらしい態度で隠してるんだ



そんな事もお見通しらしく
チョン・ユンホは少しだけ口元を横に動かして椅子へと腰掛けた



『コーヒーはカフェオレにしてくれ。砂糖は二杯。次からは黙って淹れて持って来い』



そんな傲慢な言い方をヤツがしたのもきっと
俺がどう接していいか困っている事への配慮だと、この時はまだ気づく余裕はなくて



「はぁ?!あんた何様だよ?っていうか、俺はあんたのハウスキーパーじゃないし」



こんな風に自分らしさを取り戻し、いつもの勢いでヤツへと返しながら
言われた通りに作ったカフェオレを持ってヤツの元へと運んでしまう



『じゃあ何だったらいいんだ?』



そう言いながら、俺の腰を引き寄せて自分の膝に座らせるチョン・ユンホは
やっぱり、俺が思うよりもずっとずっと上手の相手だ



「やめろって!パンが焦げるっ!」



何だったらいいんだろう…
その答えを考える事もヤツに全部読まれてる気がして、慌ててキッチンへと逃げ帰った



ダメだ
なんか俺…やっぱり変だ…



あの男の前では
嘘をつく事も、取り繕う事も、虚勢をはる事も
何もかもが通用しない



どんな自分が、本当の自分なのか
それは客観的に見た事がないからわからないけれど
何故か…ヤツ前だと自然に振る舞えている気がしていた



「お、そうだ。
フレア、お前にも卵焼いてやんなきゃな」



フレアに話しかけながら、皿に乗せた朝食を無造作にヤツの前へと置いて再びキッチンに戻る



『ありがたく頂こう』



胸の前で十字を切りフォークを持ったヤツの姿が横目に入った



ふーん、クリスチャンなんだ…



フレアに味付けなしのスクランブルエッグを作って彼の食卓へと置いた後
自分の分の料理とパンを乗せてコーヒーを持ち
ヤツが食べている前の椅子へと腰掛けた



「フレアってさ、頭良いのな。
ごはん食べるって自分でアピールして、その場所まで教えてくれたんだよ」



何を話していいのか分からない時
優雅に一口ずつフードを食べているフレアの話題はちょうど良かった



人間らしい感情を持っていなさそうなヤツも
フレアのために大きなベッドを買ったりするくらいだから、きっと可愛がっているんだろうし
お姉さんの預かりっ子だって言ってたから…



『そう言うと聞こえはいいがな。犬の分際で人間を使うんだ、あいつは』



そう言って
チョン・ユンホはフレアの方を見てから俺へその目を向ける



『お前も早速使われただろう?
ごはんはここだぞ、教えてやったから用意しろってな』


「確かにそうだな」



さっき見たフレアの一連の動作
そこへヤツの話したセリフが重なり頭で再生されて可笑しくなった



「今日はキーパーさん来んの?フレアの散歩はあんた行ってやるのかよ。今日休み?」



俺がそう言うと、ヤツは目を細めて何故か笑った



『シム・チャンミン。
言葉を話す時は一度頭の中で整理してから話せ。それから主語を省略するな。

…それとも、俺とはもうツーカーだと言いたいのか?』



ふと伸びて来たチョン・ユンホの指が俺の口の脇を拭った
食べながら喋ったせいで、飛び出したケチャップが付いていたみたいだ



ケチャップが付いた指をヤツは自分の舌で舐める



およそ上流階級の人間がする様な行為には見えないそれは
チョン・ユンホから与えられる官能を呼び起こしてしまうような…



朝には似つかわしくない
そんな妖しげな行為に見えた






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渇欲 53
2017-04-16 Sun 21:00


このお話はフィクションです






なんでだよ…



『いい男が台無しだ』



そんな台詞を言って俺の顔を撫でる男は
俺がターゲットにしている男だ



殺人が絡む様な大きな事件の黒幕だと睨んでる
…それなのに



革手袋を外したその男の手が思いの外温かくて
その温もりを味わう様に、自然と首を傾けた



そんな俺の身体を受け止める様に隣に座るチョン・ユンホ
その身体からは嗅ぎ慣れた煙草の匂いがした



『なぜやり返さない?
口喧嘩を好んでする割にケンカは苦手か?』



俺が預けた体重を黙って受け止め、腕をゆっくりと肩に回しながらチョン・ユンホが言う



背の高さは俺の方が高いと思っていたけれど
ヤツという人間の器を物語る様な深い懐に、俺はあっという間に包まれていた



「ケンカは嫌いだ。暴力反対!ってね。
っていうか、見た目で太刀打ち出来ないって判断したのさ」



強がる口調も
チョン・ユンホの温もりの中では全く意味を成していない



痛くなかった筈の傷口が、急にズキズキしてきて
それを引き金に、めちゃくちゃに殴られた事で受けた恐怖が全身に震えとして現れた



「思う存分殴れば、あの男も満足してさっさと仕事に戻るって思ったんだよ。
俺は…この店を監視するという大事な仕事があるからな」



お前を監視しているんだという宣言も
ヤツの腕に抱かれながらでは何の牽制にもなっていない



分かっているのに
そんな自分のちぐはぐさが煩わしい



強がっているのは…俺の上辺だけで
この男の懐に包まれた事で震えが止み、安心している自分が本当の姿なんだろう



子供をあやす様に、ぽんぽんと規則正しく腕を叩いていたヤツが口を開く



『この店を監視していて何か成果はあったのか?
俺も常連として気になるな』



俺が【紫蘭】のオーナーが誰なのかを知っている上でのこんな台詞…
不遜な笑みを浮かべているヤツの瞳をジッと見返す



俺が真実に行き着いたとしても
この男はきっと、顔色一つ変えない気がした



こうして宥められている俺は丸切り子供みたいだけれど、そんな俺を侮っている様には見えない
むしろ、どんな結果を出すのか楽しみにしている様に感じた



それがチョン・ユンホという男の
年の差だけではない人間としての余裕なんだろう



どんなことが起きようとも
それに対処し、きちんとクリア出来るという自信そんなヤツの心がはっきりと見えた



「スムダン電子の元会長と検察庁長官。元会長の愛人であるアイドル。ここが始まりだ。
検察庁長官が紫蘭に来る日に決まって顔を見る男が居てさ」



ヤツの胸に重なる自分の耳に、話している声が籠った様な感じではね返ってくる



「その男は、最大野党の党首が紫蘭に来ている時にもよく見かけたんだ。
…そしてその直後、大統領に汚職の疑惑が湧いて出た。近いうちに答えが導き出せる気がしてるよ」



自分の頭の中を、整理しながら正直に話す
この男には…偽りは決して通用しないから



『いい線をいってるな。さすがによく見ている』



こんな風に褒められるのは、何だか気味が悪い
説明する時に閉じた瞼の裏で、ヤツがどんな表情をしているのか思い浮かべてみた



『この調子ならば、お前のその目に“真実”という物が映し出される日も近いだろうな』



俺の頬を両手で挟み込んだチョン・ユンホがじっと見つめて来る
ヤツの宝石の様な漆黒の目に自分の姿が映って見えた



吸い込まれてしまいそうな錯覚に襲われて、ふと目を逸らしてしまう
でもすぐにヤツの手が俺の顎を掴んで、再び視線を合わさせられた



『この俺から目を逸らす事は許さん。
お前のその目に映る標的は俺だろう?逸らした時点で、お前の敗北だ』



この目だ…
ヤツのこんな目で見つめられると俺は…



吸い込まれそうになるという錯覚が現実になるように、自然とヤツと目を合わせてしまうんだ



ヤツは満足そうに頷くと
俺の頬を親指で一度だけ撫でた



何だよ…そんな事…
いい子だ、って褒められているみたいだ



そんなバカみたいな事を一瞬考えたけれど
目の前に居る男の目は再び、真剣な眼差しを見せた



『いいか?シム・チャンミン。
お前が追い求める“真実”を導き出すその時まで…
決して俺から目を逸らすな』



目の前の男の大きさに圧倒された
狎鴎亭の帝王という称号は、揶揄されてのものではない



全ての者がこの男の前で自ら膝をつく程の圧倒的な力を持っているからこそ、与えられた称号なんだと思った



「俺の目にさ、真実が映ったら…
あんたどうすんの?困るかもしれないよ?」



そんな大きな存在にささやかな抵抗を見せる
チョン・ユンホの口許が再び少し緩んだ



俺が真実に行き着く時
もしかしたらその時は、この男の破滅の始まりかもしれない
俺がヤツを…追い詰めるかもしれないんだ



それが一瞬でも怖く感じたのは



俺という存在が、もう抜け出すことが出来ないくらい奥深くまで
チョン・ユンホの一部に組み込まれてしまったからなんだろうか



そんな考えから逃げるかの様に頭を振って
頰に重なるヤツの手を振り解こうとして手を伸ばす



でも
自分の心のコントロールが効かなくて
血管が浮き出るチョン・ユンホの手の甲に重なり、そのまま止まってしまった



『でもシム・チャンミン、お前は…
その時もきっとこうして俺の腕の中にいる筈だ。

…俺の元からお前が逃げる事はきっとないだろう』



まるで呪文をかけられている様に
その男の言葉が、俺の身体を動けなくしてゆく



そうだよ…



きっと俺は
その“真実”がどんな物だったとしても、この男の温もりからは逃れられないだろう



チョン・ユンホが
俺の身体へと打ち込んだ灼熱の楔は



俺の身体に得体の知れない感情を芽吹かせ
そして棘のある枝を伸ばしながら俺を絡めとっていった



昂ぶる灼熱を受け入れ溢れた涙も
チョン・ユンホに揺らされて流した汗も
身体中に棘が刺さり流れてゆく血も



全て
この男に奪い取られた



そして



最後まで堕ちる筈が無い心までも
あっさりと奪われた



俺は……チョン・ユンホが好きだ…



そんな恐ろしい想いに気づいてしまった俺は
その“事実”から逃れるために



棘だらけである筈のチョン・ユンホの胸へと
再び、自らの身体を投げ出していたんだ



痛みを伴なわない
いや
痛みを伴っても構わないんだ



チョン・ユンホという監獄へ
俺を閉じ込めてくれ







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