渇欲 59
2017-05-11 Thu 21:00


このお話はフィクションです
血縁者の設定ですが第三者の女性が登場します
予めご了承ください






身体を丸めて眠っている男に、俺は独り言を話し続ける



彼の家の物より数倍大きなベッドに寝ているというのに
なぜか長い手足を器用にまとめコンパクトに眠っているシム・チャンミンの姿が



どこかフレアと似ている気がして、ちょっと可笑しくなった



フレア…
ある日、姉さんが突然連れ帰ってきた犬



元の飼い主が亡くなり大きな犬だったためになかなか引き取り手がなく、処分される寸前だったという



〈スタイルが良いし…何だかこの目がね、あなたに似てる気がしたの〉



彼を迎え入れた理由を姉はそんな風に話す
だが後になって、姉は手放した我が子への思いをフレアに重ねていたと知り、胸が締め付けられる思いがした



たった一度だけ神に背く行為に走った俺は
その後何事もなかったかのように振る舞う姉を見て、自分の想いは永久に封印する事にした



ただ…



愛しているのは姉だけというその想いが変わる事はなく
当然、他の女性への興味も失わせていたのだったが…



姉の期待に応えたいと、とにかく勉学に没頭した
家でフレアと楽しそうに戯れている姉の姿を見る事が、唯一の楽しみであり心が安らぐ時間だった



そして半年後の春
俺は名門と呼ばれるスタンフォード大学を卒業した



大学の卒業式に角帽を被った俺と記念写真を撮ることが夢だったという姉は
子供のようにはしゃいで大学まで迎えに来た



連れて行かれた写真館で
椅子に座る姉さんの肩に手を置いて一緒にレンズに収まる



〈恋人同士の記念すべき一枚を撮れて良かったです。とても素敵なので、写真館に飾る一枚に加えさせてください〉



年配のカメラマンが俺にそう微笑んだ



“恋人”と言われた事で、俺の顔にそんな雰囲気が出てしまっていたかとドキッとしたが
出来上がった写真を後から見て、俺は目の奥が熱くなった



写真を撮られ慣れていない俺は真正面を向き、見るからに緊張した表情をしていて
姉は日頃から会う人に俺を自慢の弟と言っていた通り、誇らしげに見上げている様に見えた



でも、俺には
姉の目は、俺への愛を伝えている様に見えたのだ



俺と同じ想いを姉が持っているのだと確信した



どこか言葉も通じない様な遠い遠い国へ行き
姉さんとフレアと、ひっそりと暮らしたいと思った



誰からも祝福されなくていい…
神にどんな罰を降されてもいい…
姉と二人で愛を育みたいという願いが生まれたのだ



写真を撮った後
卒業パーティーに出席しなければならなかった俺は、姉さんと写真館で別れた



〈夜は雨の予報だけれど一生の思い出になると
いいわね。はい、これは新しく作った卒業パーティー用のあなたのスーツ。

奮発したのよ?だから、会社に入社してからも使いまわしてね〉



そう言って紙袋を手渡した姉さんが、俺の目の前で笑顔を見せてくれた最後の姿だった






予報よりも酷い暴雨風になった深夜
卒業パーティーを終えやっとのことでアパートに戻った俺を迎えたのは、真っ暗な部屋と腹を空かしたフレアだった



姉はこんな時間にどこか行く事はない
商談で米国に訪れる母国の財界人の通訳をしながら、夜の相手もしていたけれど
必ず深夜零時前には家に戻って来たから



とにかく先ずフレアにごはんを食べさせてから知り合いに電話をかけようと、姉も使っている電話帳を手にした時
脇の電話がけたたましい音を立てて鳴った



その電話は地元警察からで
川で溺れ亡くなった人がいるのだが、そちらにお住まいの方と判明したと言われた



意味が分からない
聞こえているが、頭に全く入ってこなかった
何度も〈Mr.Jung?Mr.Jung?〉と呼びかけられてようやく我にかえり、俺は警察へと急いだ



数時間前まで俺に笑いかけてくれた姉さんは
警察の簡素な台の上で冷たくなっていた
川で溺れたという通り、姉さんの髪から垂れる水滴が床に小さな水たまりを作っていた



〈ぬかるみで足を滑らせて、大雨で増水した川に落ちた様です〉



警察官が無表情にそう説明し、書類の遺体引取り人の場所へサインを促す



事実を受け止められなかった俺は



泣き叫ぶことも
姉さんの亡骸に縋り付く事さえもせず
言われた通りにサインをし、手配してもらった寝台車に姉を乗せ家に帰った



姉のベッドに亡骸を横たえタオルで濡れたままの髪を拭く
色の白い人が冷たくなった事で余計その白さを際立たせている気がする



気づくとフレアも横に来ていて
寝ている姉さんをいつも起こす時の様に、鼻先で顔のあちこちをつつくけれど
無反応だからか、おとなしく足元に体を横たえた



確かに家の近くには川がある
俺が帰ってくる時も、川がいつも以上に増水している様子がわかるくらいだったけれど



こんな暴雨風の中、姉が川沿いを歩く様な理由がどう頭を捻っても見つからない



フレアを散歩させる時にはよく通っていたけれど、雨が嫌いなフレアはこんな天気では外を歩きたがらないし
何よりフレアは真っ暗な部屋でひたすら待っていた



朝になったら埋葬する準備をしなければならない…
ふと、現実に戻って立ち上がりリビングに戻る
喉が渇いた…そう思い電気をつけてキッチンに向かうと、食卓の上に小さな箱が置かれていた



綺麗にラッピングされた箱には、勉強にしか能のない俺でも聞いたことのある有名宝飾メーカーの刻印があった



箱を開けると、プラチナ台に鷹の目の様なラインが反射して浮き上がる石のついたカフスボタンが入っていた



脇に添えられた手紙
姉さんの好きな紫色の花がデザインされた便箋を開く



〈愛するユノへ

卒業おめでとう
大学を卒業したあなたには、希望に満ちた未来が待っています

あなたにはあなたの人生を歩んで欲しい
あなたのその人生には、私という汚らわしい存在は不似合いだと思っています

今、私は身籠っています
先ごろ、女の子だと判ったので胎児名を“ポラ”と名付けました

私の好きな色の名にしたのよ

これから先は、神に祝福されない可哀想な我が子と共に静かに生きていきたいと思っています

あなたの輝かしい未来へ、私からの最後の贈り物です

あなたの鼓動が脈打つ両手首で
私とポラがあなたを永遠に守っていくわ〉



ポラは、俺の子だ
そう直感した
だから姉は、俺の元から去る事を決意したのだろう



神に祝福されることのない我が子と共に
俺の手が永遠に届かないところへと……







親愛なる読者の皆様へ


いつも変わらずのご愛顧を賜り、どうもありがとうございます


勤め先が繁忙期に入った矢先に同僚が怪我をしてしまい、長期に休まざるを得なくなってしまいました


そのため、私も休み返上で連日出勤している状況です


愛犬の件があって以来不定期の更新とさせて頂いておりますが、更に更新頻度が遅くなってしまいそうです


楽しみにお運び下さっている読者様には本当に申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い申し上げます


「渇欲」ではユノサイドの悲しい記憶を辿っておりますので、現在非常に暗い内容になっておりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いでございます


ゆんちゃすみ




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