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渇欲 あとがき
2017-05-30 Tue 15:00





親愛なる皆様


こんにちは
当ブログの管理人、ゆんちゃすみでございます


この度、連載しておりました「渇欲」を無事に完結する事が出来ました


不定期の更新だったにも関わらず、多くの皆様から温かい応援を頂戴致しました事に心から御礼申し上げます


今日は「渇欲」の後書きに加えまして、非公開で拍手コメントを頂いた皆様への御礼並びに近況報告をさせて頂きたいと思います


お時間がございましたら、しばしお付き合いください





「渇欲」は今までにも何度かお話しした事があるかと思いますが、私が勤務しております職場で見たメルセデスベンツAMGがきっかけでした


ベンツといえば何となく富の象徴という感じがあり、自分に縁もない事もあってじっくり見た事もありませんでしたが…


その車以外にもたくさんのベンツが駐車している中で、そのメルセデスベンツAMG S63は一際上品な雰囲気があり目を引きました


停まっているのを見ては〈こんな車から髪をきっちりセットしてビシッとスーツを着たユノが出てきたらさぞや絵になるだろうなぁ~〉と妄想する事がしばしばで(笑)


とうとうお話を作るまでに至った次第です


三十代前半という若さでグループ企業を束ねる若き代表チョン・ユンホ


その威風堂々とした姿の裏には、悲しい過去と暗黒の部分を持ち合わせる謎の人物…


とある事件から、そんなチョン・ユンホと出会ったマイナー新聞の主筆シム・チャンミン


そんな設定で書き始めましたが、やはり内容が内容だけにどうしても書ききれず長くなってしまったなぁと思います


今まで書いた事のないシリアスなテイストだった事で、背景やその周辺の設定に非常に手間取りました


出来る限りユノの重厚な存在感を表す様にし、彼がいかに力を持っているかということをどう表していくかに神経を使いました


対してチャンミンは型にはまらない自由な性格で、妙な正義感とその正義感をうまく発揮出来ない自分の境遇にもどかしさを感じているという設定


ユノとは10歳程度の歳の差を持たせ、自分とは違う大人の雰囲気を持つユノの魅力に次第に堕ちていくというシナリオとしました


ユノの過去、そして発端となった事件の裏…


全てを回収するまでには至らなかったと思いますが、一つの物語としては何とかまとめられたかなと自分では納得しての最終回とさせて頂いた次第です


実は、もっともっと長くなってしまいそうだったので自分で無理矢理まとめた感もございました


と申しますのも、あまりにもこの二人に情が湧いてしましまして…
書きたい事が次から次へと出てきてしまい、欲がどんどん膨らんでしまう状態でした


チャンミンが真相に迫って行くのを、ユノが笑いながら押し戻して行くという展開も書きたかったんです


うなだれたチャンミンに対して
力とはそういうものだと、ゆったり椅子に座り嘲笑する様なユノを書いてみたかった(笑)


またいずれ皆様のお声を頂くことがあれば、続編を書く機会を持ちたいなぁと思っております





【拍手コメントの御礼】


渇欲59話にコメントをくださったmi******様

温かいお言葉を頂き本当にありがとうございます
GWで忙しかった直後だった事もあり、仕事から帰ると放心状態でいつの間にか寝落ちする事もしばしばでした^^;
なんとかあと三週間ほど乗り切れば、普段通りに休めると思うのですが…

ユノの辛い過去は、自分で書いていて感情移入してしまいまして…彼の悲しみから這い上がる所ももう少し細かく書きたかったのが出来なくなりました

上でも書きました様に、無理矢理まとめた感じになってしまいました事をお詫び申しあげます


渇欲 最終話にコメントをくださったき***様

嬉しいお言葉を頂き本当にありがとうございました
ストレートなそのお言葉が、何よりの励みとなりました

また機会がございましたら、お声をお聞かせ頂けると嬉しいです





【近況報告並びに今後につきまして】


皆様にご心配をおかけしております愛犬は、おかげさまで元気に過ごしております


血液検査の結果が先月、今月と連続して改善の傾向にあり
週に一度受けていた点滴も二週に一度になった事で、私も愛犬も随分と負担が減りました


腎臓病用の療法食しか食べられない事でストレスを感じているのか、最近は今までした事がない様なイタズラをする事が増え困惑しておりますが…


療法食を食べる事で明らかに腎臓の数値が改善しているので、彼の好きなオヤツも処分して心を鬼にして彼と向き合っている毎日で正直辛いです


そんな私に平然と「たまにはオヤツ食べさせてやりなよ」と無神経に言う夫にも日々イライラさせられながらも、何とか過ごしています





除隊を心待ちにしていた方にもその姿を見たいがために漁った情報で、数年前居なくなった筈のスタイリストが兵役中のみならず除隊後も連日そばにいるという事態を目の当たりにし、だいぶ落ち込みました


ここにお運びくださっている方は、私と同じようにこの件で困惑されている方もいらっしゃるでしょうし、むしろスタイリストの存在も知らない方もいらっしゃるかもしれません


それ故
この件に関してはここでは伏せさせて頂き、別の機会で書きたいと思います





先日「渇欲」の末尾でも触れさせて頂きましたが
勤務先の同僚が怪我をしてしまって、繁忙期という事もあり現在ほとんど休みなく働いている状況です


愛犬の件もあり何とか工夫をして短時間での勤務となる様にしてますが、さすがに若い頃の様に休み無しでも平気というわけにはいかず…


気づくと意識がなくなって、夕方ハッと目を覚ます事もしばしばです^^;


そして今後につきまして…


「渇欲」同様に不定期の更新になってしまうと思いますが、新作を更新させて頂きたいと思っております


余裕がある時に書き進めて、近いうちに第一話を更新する予定です


思い出した頃にでも、覗いて見て頂ければ幸いです




最後になりますが
皆様から頂戴する拍手や温かいお言葉は、私の落ちたモチベーションを引き戻してくれる大きな活力です


上手い言葉が浮かんでこないのですが、心から感謝申しあげております


皆様の愛する東方神起が一日も早く完全体となり活動してくれる事を、共に待ち続けていければいいなと思っております


5月とは思えない暑い日が続きますが、皆様におかれましてはどうぞお身体をご自愛くださいます様に


それでは、また





ゆんちゃすみ





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渇欲 61 -最終話-
2017-05-29 Mon 21:00


このお話はフィクションです






「ミノっ!モタモタしてないで行くぞ!」


〈ヒョン、待ってってば!まだパソコンの電源落ちてないよ〉






あれから一カ月…



安定した支持率の元、建国以来初の長期政権になると思われていた大統領に突如降って湧いた汚職報道は、追い詰められた大統領の辞職で幕を下ろした



いや
幕を開けた、という方が正しいだろうか…



その後、大統領選に出馬した人物を見て
俺は全てのからくりが解けた様な気がしたんだ



大統領の辞職で勢いをなくした与党に変わり、最大野党のスンリ党が支持率を上げていた



庶民派で大衆から絶大な人気を誇っていた党首オ・ソクチュを筆頭に、スンリ党が次期政権を担うと誰もが予想していた



だが
公示された大統領選で、そのスンリ党の推薦を受け立候補したのはあの男だったんだ



そう、あの日…
スムダン電子の会長とその愛人のアイドルと一緒に居た検察庁長官だ



大統領候補として有力だと言われていた国連大使だった男も、何故か出馬を取り止めて
有力な対抗馬が誰一人居ないという、出来レースの様な大統領選が始まった



この一連の流れの裏側に
全ての“真実”が隠されているのだと俺は確信した



そんな中で
パソコンで記事を作っていたミノを急かし、取材バッグを背負って事務所を飛び出したのは



俺の最大の“標的”が動きを見せたからだった



電子機器メーカー最大手だったスムダン電子を手に入れ、その勢力を拡大し続けているテソングループ



もはや向かう所敵なしの勢いで我が国最大規模の企業に成長した、そのテソングループの若き代表チョン・ユンホ



どうやら彼が、出張先の欧州から帰国するらしい



ちょうど良く通りかかったタクシーを拾い二人で乗り込みながら
「運転手さん、仁川空港まで!」と行き先を告げた



仁川空港まで出向き、ヤツの帰国をこの目で確かめたいのには理由があった



今はそこに住むべき主が不在の青瓦台
あと一週間もすれば、出来レースを終えた元検察庁長官が新大統領として住む事になるその場所



現国会議員が慌てふためき、予定をキャンセルしてまで続々と集結しているという噂をキャッチしていたんだ



情報が渦巻くネット社会
その世界で、まるで闇の番人の様に羅列する文書を追っている堕天使がリークしてくれたんだけど…



その騒ぎに合わせて
ヤツが帰国してきたような直感が働いたんだ



〈前に言ったでしょ?紫蘭が事実上の青瓦台になるって。新しい大統領は、紫蘭の主の傀儡だよ〉



何台も置かれたパソコンに、人工的な蒼色の目を向けながらテミンが言った



狎鴎亭の闇を監視しながら彼が忙しなく指をキーボードで動かしているのは
世界中の株式市場をくまなくチェックして、経済の動向を見ているんだと後々知る



あれから調べてみたところ、テミンは国内トップの高校に通っている高校生だと知った
高校は欠席しがちだが、彼の“昼”の居場所である清潭洞の屋敷で執事の男が勉強を見ているらしい



俺が行った時、いかにも優秀そうだと思った執事の男は
チョン・ユンホの後輩で、経営学を専門にしている男だという事も調べ上げた



チョン・ユンホが、自分の姉の忘れ形見であるテミンをテソンの後継者にすべく
密かに育てていることを、この時は知る由もなかったんだけれど…



毎晩の日課の様になっているクラブ【紫蘭】での張り込み
紫蘭が店を開けるまでの間、俺はテミンが居る雑居ビルの地下室で過ごす事が増えた



テミンがハマっていたゲームに俺も一時期課金しまくるくらいハマってた時があって、その事でなぜか意気投合してしまったんだ



俺が作るウェブニュースペーパーに広告を出してくれる店を見つけてくれたり
記事になりそうな狎鴎亭での出来事をリークしてくれる



叔父である肉親が、実は身近で密かに見守っていることも知る事もなく
実の叔父を亡き父親の仇だと信じ、その相手を倒そうと孤軍奮闘していたテミンは



報道記者であるにも関わらず自分の生い立ちを根掘り葉掘りする事なく、ただあっさりと接してくる俺に心を開いたらしい



新聞社を出た後、テミンの“夜”の居場所である狎鴎亭の地下室で
彼が夢中になっているオンラインゲームの攻略法を話したりして時を過ごし、その後紫蘭へ向かう



これが
この一ヶ月に出来た、俺の新しい日課だ



そしてもう一つは



毎朝出勤前の一時間、それだけの為に買った真新しいスニーカーを履き
狎鴎亭近くにある高級マンションの最上階から、ボルゾイを連れ出してジョギングする事



俺にすっかり懐いたフレアの散歩が
出勤前の新しい日課になった



『俺は明日からヨーロッパに行く。各国の財界人に会わねばならないから、いつ帰るかわからん。
だからお前は、当分ここから新聞社に行け』



一週間前の朝
いつもの様に散歩から帰ったフレアのブラッシングをしている時、大きなスーツケースを押したヤツに言われた



チョン・ユンホ…
俺の最大の“標的”であり、いつの間にか“恋人”になっていた男だ



「はぁ?何で俺が?
俺はあんたの家のハウスキーパーじゃねーよ」



と言いつつ
ヤツが部下に用意させた俺用の服や雑貨類は
いつの間にか、ヤツの家のあちこちに増えているんだけれど



『ハウスキーパーよりお前が良い……とフレアが言ってるのでな』



フレアの頭を軽く撫でた後
その脇にしゃがんでいる俺の顔を前屈みになって覗き込むチョン・ユンホ



『俺も、帰ってきた時お前が居てくれる方が嬉しいからな』



近過ぎる距離感でそんなことを言われて
顔が赤くなるのを隠す様にヤツから背ける



そんな俺を見てヤツは『フッ』と小さく笑い、俺の頭を抱え込んで口付けた後
そのままスーツケースを押して部屋を出て行った



アイドルの死の裏側にある“真実”



そこに少しずつ近づいていった俺は
同時に、チョン・ユンホという男の“真実”に惹かれていった



普通に生きていたら知る事のなかった
闇の向こうにある“真実”



そこに俺が辿り着く時はもう



チョン・ユンホの魅力が荊のように俺の身体に絡みつき
そしてヤツの愛の牢獄へと永遠に閉じ込められるだろう



引き返す?
いや、その選択肢は俺には無い



今は
行き先が見えない荊の道を、あの男と共に歩いて行こうと決めた



到着ロビーに姿を現したチョン・ユンホ
忙しそうに予定を読み上げる秘書の男とは裏腹に、ヤツだけは悠然と時を進めている感じに見えた



この国を影で動かす男の度量は、そんなところからも見て取れた



物陰でなく、正々堂々とヤツの前に立ちはだかる
ミノがシャッターを切るのをヤツの秘書が慌てて制する



「おかえりなさい、チョン代表。ヨーロッパでは何か得る物はありましたか?」


『英国のEU離脱で騒ついていた経済界も、落ち着きを取り戻した様で結構だった』


「主不在の青瓦台に国会議員の連中が続々と集結しているという情報を得ました。
恐らくは、次期大統領の影にいる真の帝王に忠誠を尽くす為だと思われますが?」


『我が国は帝国ではない。帝王など存在しないのではないか?面白い記者さんだ。名前は?』


「チンシルウィークリーのシム・チャンミンです。」


『フッ……良い目をしている。シム・チャンミン、覚えておこう』



そう言って俺の肩をポンと叩いたチョン・ユンホは



『今夜は先週の日曜に作ってくれたタコのポックムがいい』



そう小声で言い大股で歩きながら、秘書と共に空港のエントランスへと消えていった



「はぁ?今からじゃあ釜山のタコなんか手に入れられねーよ」



そんなことを言いつつ
きょとんとするミノを横目に、知り合いのスーパーに電話する俺だった



ついでにフレアにもポッサムを作ってやろう…
釜山のイイダコと豚のブロック肉を取って置いてもらう様に頼んでから、ミノの手を引きタクシーに乗り込んだ



「運転手さん!前のあの黒いベンツ!あれを追ってくれ!

なーに、妙な連中が乗ってるんじゃないから大丈夫だって。生き別れの妹が大会社のスケベジジイの愛人になっちゃってさ、あれに乗ってるんだ。

追っかけて家族の元に取り戻したいんだよ。弟とこうしてやっと見つけたんだ」



相変わらずの演技力で運転手のやる気を引き出した俺は、スマホで来週の記事を書き始めた



〈新大統領の影に君臨する青瓦台の本当の主、狎鴎亭の帝王とは〉……






渇欲 -完-





最後までご覧頂き本当にありがとうございました


ゆんちゃすみ




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渇欲 60
2017-05-18 Thu 21:00


このお話はフィクションです
血縁者の設定ですが第三者の女性が登場します
予めご了承ください






隣に眠る男は
時折寝返りを打ちながら、静かな寝息を立て続けている



少しウェーブがかった柔らかい髪の毛を撫でながら、一人話しを続ける



聞こえていないはずの相手に
封印した筈の過去を打ち明けているのは何故なんだろう…



俺の中で
自分自身の縛を解きたい願望が生まれたからかもしれない



シム・チャンミンが与えてくれた温もり
それが、探し求めていた温もりに似ている気がする



亡き姉の…温もりに…






俺は内定していたシリコンバレーにある企業への就職を取り止めた



姉さんとお腹の中にいた我が子を母校のそばにある墓地へと埋葬した後、全財産を教会へ寄付して俺は米国を離れた



大学の先輩のツテを頼りに韓国での就職を決めたのだ
姉の忘れ形見であるフレアと共に韓国へと降り立った



そしてもう一人の忘れ形見…
姉がひっそりと産み落としたテミンを実父の元へ連れ帰る



その事を
これから始まる姉の居ない虚しい日々を生き抜くための目標にした



俺の甥である彼
甥であるという血の繋がりよりも、俺の愛した人の子供だから



韓国での俺の就職を斡旋してくれた先輩に、偶然にも姉のいた旅行会社に知り合いがいたため
姉が妊娠した頃によく接待していた財界人を調べてもらっていた



それと同時に俺自身も
テミンを韓国へ呼び寄せるための基盤を整えることに専念した



レジャー産業から多方面に事業を拡大し始めていたテソンという企業へ勤めた俺は
先輩の推薦もあって、瞬く間にトップの人物にも顔を知られるほどになる



一代で自身の会社を韓国有数の企業へと育て上げた代表は、親の仕事のために日本で生まれ育った
日本のトップの大学を卒業するほど優秀で、親と死別した時に母国に戻り起業した人物だった



自分と同じ様に外国の大学を出た俺を可愛がってくれて、一人で暮らす清潭洞の屋敷にもよく招いてくれて美味い食事を食べさせてくれた



ある日その屋敷に招かれた時
代表に急な案件で電話がかかり、俺と一緒に寛いでいたリビングを出て行った事があった



手持ち無沙汰になった俺は椅子から立ち上がり、リビングに掛かる大きな絵画を見て回る
その時、部屋の隅に置かれた小さな額が目についた



壁に飾られた有名画家の作品とは違い、それは明らかに素人が描いたと思われる稚拙な絵で
描かれているのはシンプルな紫色の花の絵だった



“誕生花である紫蘭の様な慎まやかな君”



絵の隅に書かれた小さな文字を食い入る様に見た後、ふとその花に見覚えがあることに気づく
姉さんが自分でオーダーして愛用していた便箋の絵柄の花によく似ていたのだ



〈ユノ、聞いて。
私ね、昔から紫色が好きだったのは誕生日のお花が紫色の蘭だったからかもしれないわ。

いつか…遠く離れた日本で咲く紫蘭という花を一度見て見たい〉



そして、そう言ってパソコンで紫色の花を見ていた姉の言葉も思い出した



代表が戻るのと同時に、俺の携帯電話が鳴り始める
代表に目礼をして通話ボタンを押すと、それは米国の先輩からかかった国際電話だった



〈ユノ、お前の姉さんが一時期付きっ切りで接待していた財界人がいる。シリコンバレーの企業が招いた韓国のレジャー産業の会社の社長だ。

テソングループの代表が、お前の姉さんを専属通訳にして連れ歩いていたらしい〉



身体の中心を稲妻が走った様な感触がした



俺の事を目にかけてよくしてくれている、目の前で柔和な笑みを浮かべ座るこの人物…
彼こそが姉を妊娠させ、その事実も知らずにその場限りで姉を見捨てた男だと知った



独身で身寄りが居ないということで
同じ境遇の俺を可愛がってくれたこの男が…



信じられないという思いと、それくらいの非道さがなければ一代でここまで会社を大きく出来ないという思いが交差する



〈どうしたんだね、チョン君。
顔色が良くない、座りなさい。水を持って来させよう〉



俺の背を支え椅子へと座る様促す代表
確かに…テミンの顔立ちは姉によく似ていたが、丸めの鼻は代表に似ている気もした



『代表は絵もお描きになるんですか?』



代表の目が隅に置かれた額に動く



〈いや、なに…戯事の様なものだ〉



その言葉の本意は、絵の出来栄えを自嘲する言葉だったと思う
しかし俺には、姉との事がそうだったと言ってるように思えてしまった



そして、この日から俺は
姉の忘れ形見であるテミンにこの男の財産全てを遺そうという画策が始まったのだ



自分を偽り、全てに打ち勝つ揺るがない心を持つ
感情というものは姉と我が子ポラと共に地中へ置いてきたのだ
俺は…自分という存在を硬く閉ざして生きてきた



数年後
身寄りが居ないと嘆いていたテソン代表の養子になる事に成功した俺は、病床の代表にあなたには血を分けた実子がいるのだという事実を告げた



我が子がいるのに、他人である自分に育て上げた会社を奪われる思いはいかがかと尋ねた時
代表は声にならない声を酸素マスク越しに叫びながら、俺の腕を掴み息を引き取った



死にゆく者へ、あえて残酷な事実を告げたのは
俺の叶わなかった願いが、この冷たくなった男には叶えられているという事への嫉妬があったのだと思う



姉と俺の子は
生まれてくる事も無く、その母と共に冷たい土の中で眠っている



姉とこの男の子は
両親が誰かわからない境遇ではあるものの、その生命をこの世へと送り出してもらえたのだから



米国に迎えにやらせたテミンをこの地で迎え入れた時
俺の秘書になった先輩であるジェウンに、逆に自分との関係性は伏せて事情を話させた



幼かった頃俺の腕の中で嬉しそうに遊んでいた記憶が、昔の事過ぎて残っていない事も幸いし
テミンは俺を実の父親から全てを奪った憎き相手と認識した



書類上での兄弟だと、作られた関係をそのまま理解して
子供そのもののあどけなかった顔つきに、憎しみの顔を自然と浮かべさせた



控えめだった姉…
全てにおいて自分を犠牲として、その人生を俺へ捧げてくれた姉…



その姉の性格に、テミンが似ていると困るからあえてそうしたのだ



愛しい人の忘れ形見であるテミンが成長した時
これ以上ないくらいに大きくしたこの会社を渡そう…その言葉は伝えずに、彼を突き放した



自分の目で、頭で、手で
全てを理解し掴み取れる実力があれば、俺からテソンを取り戻せばいい
そう言って、掴みかかってきたテミンの腕を振り払った



俺に抱きついて離さなかったテミンの小さな手は
もう一人前の大人の大きさに成長している
死にものぐるいで働き、俺を育ててくれた姉の子であれば…きっとテミンは大丈夫だろう



成長してきて姉にますます似てきた彼を見るのは辛く
時折彼につけた執事からその日常を聞いていたが、テミンに会う事をせず逃げてきた



結局は、俺が一番の弱者なのかもしれない



その答えに行き着いた頃
夜明けを迎えた事を知らせる朝焼けが、目の前の窓いっぱいに広がり始める



明るくなり始める部屋の中でこの男が目覚める時
今朝は、どんな第一声をあげるのだろうか



いつの間にか俺の縛を解き、するすると中に入り込んだシム・チャンミンは
俺がせっかく話した大スクープを聞く事もなく、俺の腕の中でもう一度寝返りを打った







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渇欲 59
2017-05-11 Thu 21:00


このお話はフィクションです
血縁者の設定ですが第三者の女性が登場します
予めご了承ください






身体を丸めて眠っている男に、俺は独り言を話し続ける



彼の家の物より数倍大きなベッドに寝ているというのに
なぜか長い手足を器用にまとめコンパクトに眠っているシム・チャンミンの姿が



どこかフレアと似ている気がして、ちょっと可笑しくなった



フレア…
ある日、姉さんが突然連れ帰ってきた犬



元の飼い主が亡くなり大きな犬だったためになかなか引き取り手がなく、処分される寸前だったという



〈スタイルが良いし…何だかこの目がね、あなたに似てる気がしたの〉



彼を迎え入れた理由を姉はそんな風に話す
だが後になって、姉は手放した我が子への思いをフレアに重ねていたと知り、胸が締め付けられる思いがした



たった一度だけ神に背く行為に走った俺は
その後何事もなかったかのように振る舞う姉を見て、自分の想いは永久に封印する事にした



ただ…



愛しているのは姉だけというその想いが変わる事はなく
当然、他の女性への興味も失わせていたのだったが…



姉の期待に応えたいと、とにかく勉学に没頭した
家でフレアと楽しそうに戯れている姉の姿を見る事が、唯一の楽しみであり心が安らぐ時間だった



そして半年後の春
俺は名門と呼ばれるスタンフォード大学を卒業した



大学の卒業式に角帽を被った俺と記念写真を撮ることが夢だったという姉は
子供のようにはしゃいで大学まで迎えに来た



連れて行かれた写真館で
椅子に座る姉さんの肩に手を置いて一緒にレンズに収まる



〈恋人同士の記念すべき一枚を撮れて良かったです。とても素敵なので、写真館に飾る一枚に加えさせてください〉



年配のカメラマンが俺にそう微笑んだ



“恋人”と言われた事で、俺の顔にそんな雰囲気が出てしまっていたかとドキッとしたが
出来上がった写真を後から見て、俺は目の奥が熱くなった



写真を撮られ慣れていない俺は真正面を向き、見るからに緊張した表情をしていて
姉は日頃から会う人に俺を自慢の弟と言っていた通り、誇らしげに見上げている様に見えた



でも、俺には
姉の目は、俺への愛を伝えている様に見えたのだ



俺と同じ想いを姉が持っているのだと確信した



どこか言葉も通じない様な遠い遠い国へ行き
姉さんとフレアと、ひっそりと暮らしたいと思った



誰からも祝福されなくていい…
神にどんな罰を降されてもいい…
姉と二人で愛を育みたいという願いが生まれたのだ



写真を撮った後
卒業パーティーに出席しなければならなかった俺は、姉さんと写真館で別れた



〈夜は雨の予報だけれど一生の思い出になると
いいわね。はい、これは新しく作った卒業パーティー用のあなたのスーツ。

奮発したのよ?だから、会社に入社してからも使いまわしてね〉



そう言って紙袋を手渡した姉さんが、俺の目の前で笑顔を見せてくれた最後の姿だった






予報よりも酷い暴雨風になった深夜
卒業パーティーを終えやっとのことでアパートに戻った俺を迎えたのは、真っ暗な部屋と腹を空かしたフレアだった



姉はこんな時間にどこか行く事はない
商談で米国に訪れる母国の財界人の通訳をしながら、夜の相手もしていたけれど
必ず深夜零時前には家に戻って来たから



とにかく先ずフレアにごはんを食べさせてから知り合いに電話をかけようと、姉も使っている電話帳を手にした時
脇の電話がけたたましい音を立てて鳴った



その電話は地元警察からで
川で溺れ亡くなった人がいるのだが、そちらにお住まいの方と判明したと言われた



意味が分からない
聞こえているが、頭に全く入ってこなかった
何度も〈Mr.Jung?Mr.Jung?〉と呼びかけられてようやく我にかえり、俺は警察へと急いだ



数時間前まで俺に笑いかけてくれた姉さんは
警察の簡素な台の上で冷たくなっていた
川で溺れたという通り、姉さんの髪から垂れる水滴が床に小さな水たまりを作っていた



〈ぬかるみで足を滑らせて、大雨で増水した川に落ちた様です〉



警察官が無表情にそう説明し、書類の遺体引取り人の場所へサインを促す



事実を受け止められなかった俺は



泣き叫ぶことも
姉さんの亡骸に縋り付く事さえもせず
言われた通りにサインをし、手配してもらった寝台車に姉を乗せ家に帰った



姉のベッドに亡骸を横たえタオルで濡れたままの髪を拭く
色の白い人が冷たくなった事で余計その白さを際立たせている気がする



気づくとフレアも横に来ていて
寝ている姉さんをいつも起こす時の様に、鼻先で顔のあちこちをつつくけれど
無反応だからか、おとなしく足元に体を横たえた



確かに家の近くには川がある
俺が帰ってくる時も、川がいつも以上に増水している様子がわかるくらいだったけれど



こんな暴雨風の中、姉が川沿いを歩く様な理由がどう頭を捻っても見つからない



フレアを散歩させる時にはよく通っていたけれど、雨が嫌いなフレアはこんな天気では外を歩きたがらないし
何よりフレアは真っ暗な部屋でひたすら待っていた



朝になったら埋葬する準備をしなければならない…
ふと、現実に戻って立ち上がりリビングに戻る
喉が渇いた…そう思い電気をつけてキッチンに向かうと、食卓の上に小さな箱が置かれていた



綺麗にラッピングされた箱には、勉強にしか能のない俺でも聞いたことのある有名宝飾メーカーの刻印があった



箱を開けると、プラチナ台に鷹の目の様なラインが反射して浮き上がる石のついたカフスボタンが入っていた



脇に添えられた手紙
姉さんの好きな紫色の花がデザインされた便箋を開く



〈愛するユノへ

卒業おめでとう
大学を卒業したあなたには、希望に満ちた未来が待っています

あなたにはあなたの人生を歩んで欲しい
あなたのその人生には、私という汚らわしい存在は不似合いだと思っています

今、私は身籠っています
先ごろ、女の子だと判ったので胎児名を“ポラ”と名付けました

私の好きな色の名にしたのよ

これから先は、神に祝福されない可哀想な我が子と共に静かに生きていきたいと思っています

あなたの輝かしい未来へ、私からの最後の贈り物です

あなたの鼓動が脈打つ両手首で
私とポラがあなたを永遠に守っていくわ〉



ポラは、俺の子だ
そう直感した
だから姉は、俺の元から去る事を決意したのだろう



神に祝福されることのない我が子と共に
俺の手が永遠に届かないところへと……







親愛なる読者の皆様へ


いつも変わらずのご愛顧を賜り、どうもありがとうございます


勤め先が繁忙期に入った矢先に同僚が怪我をしてしまい、長期に休まざるを得なくなってしまいました


そのため、私も休み返上で連日出勤している状況です


愛犬の件があって以来不定期の更新とさせて頂いておりますが、更に更新頻度が遅くなってしまいそうです


楽しみにお運び下さっている読者様には本当に申し訳ございませんが、何卒よろしくお願い申し上げます


「渇欲」ではユノサイドの悲しい記憶を辿っておりますので、現在非常に暗い内容になっておりますが、最後までお付き合い頂ければ幸いでございます


ゆんちゃすみ




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渇欲 58
2017-05-07 Sun 21:00


このお話はフィクションです
血縁者の設定ですが第三者の女性が登場します
予めご了承ください






忘れていた感情…
いや、封印していた感情言うべきか



それを
この男によって蘇らす事になるとは…



俺から興味を持って接していたのは間違いない



だが、この男は



俺自身が長きに渡り積み重ね作り上げていた氷の城壁をいつの間にか溶かし、俺の陣地へとあっさり侵入していた



俺だけしか知らない息抜きの場所…
姉さんが眠るシアトルへと続く海が見えるあの場所に連れて行ったのも
俺の心がこの男に掴まれたからかもしれない



シム・チャンミン…



手枷足枷をされた挙句
無理矢理俺に身体を開かされた筈なのに
短期間で俺の目の前に姿を現し、くるくると変わるいくつもの表情を見せてくれた



怯えた顔、動揺した顔、困ったようなはにかんだ笑顔、そして官能を貪る妖艶な顔



そして今
俺の腕に抱かれ穏やかに目を瞑る寝顔…



自分の腕の中にあるものを守りたい
そんな感情を蘇らす事になろうとは、思ってもみなかった



フレアがこの男に簡単に懐いたのも一つの理由かもしれない
彼はプライドが高く人に声をかけられてその体に触れさせても、決して頭を撫でさせる事はなかった



それなのに初めて会った時からシム・チャンミンの話を聞き、きちんと目を合わせて
そして彼に頭を撫でられて嬉しそうにしているのを見て、俺の中で何かがぷつっと切れたのだ



フレアは、姉の宝物だった
死んでしまった姉の身代わりに、俺のそばで無理矢理生かされている
そのフレアが、シム・チャンミンを受け入れていたから…







俺には、一回り年上の姉がいた
いわゆる腹違いの姉で俺が産まれた後すぐに両親が事故で死んだため、赤ん坊である俺と共に孤児院に引き取られた



大きな夢を追って渡米した父親は財を成すどころか借金を残し、挙句の果てに呆気なく事故で死んでしまう



まだ学生だった頃から姉は
父親の作った借金と、望んでいなかった父親の再婚によって産まれてきてしまった弟を背負わさせられた



でも姉は俺を大事にしてくれていた
腹違いとはいえ残された血縁者が俺だけだったから、孤児院から学校へ通いつつアルバイトをしておやつを買い俺が待つ孤児院に帰っていた



俺を連れて一日も早く孤児院を出たかった姉は、睡眠時間も惜しんでアルバイトしていたらしい
友人と遊ぶ事はもちろん、恋をする事もなくハイスクールを卒業した



孤児院の院長はアル中で、事あるごとに子供達を虐待していたそうで
殴られている俺に覆い被さりながら、姉が身を呈して庇ってくれた事を覚えている



姉は、色の白い人だった
母親が違うせいか俺とは違い、目鼻立ちがはっきりしていて韓国人らしくない顔をしていた



ハイスクールを卒業した姉は小さな旅行会社に就職し、アメリカに商談に来る韓国人の通訳をする様になっていたが
その見た目が災いしたのか、夜まで付き合わされる様になっていく



〈ユノ。私はあなただけが生き甲斐なの。
あなたがテストで良い点を取ってくれればすごく嬉しいし、あなたが大学に行って一流企業に勤めてくれる事が夢なのよ〉



事あるごとに俺へそう言っていた姉さん



たった一人の肉親である姉に懐いていた俺は、その言葉に応えようと一生懸命勉強した



ジュニアハイスクールでも優秀な成績を納め、このままいけばハイスクールでは飛び級で名門大学に合格するだろうと言われた



“そのためにはぜひとも、学力を更に伸ばすべく家庭教師をつけて勉強させると良いですよ”



ジュニアハイスクールでの三者面談時、先生にそう言われた姉さんは



〈ユノが頑張っているんだから私ももっと頑張って働かなくちゃね〉と
背丈の超えた俺を見上げる様にして優しく言っていた



そのためだったのか
姉はいつの間にか、渡米してきた韓国財界人相手の高級娼婦になっていた事を俺は知る由もなかったが…



俺がハイスクールに入ったばかりの時
どうしてもワシントンでやらなければならない仕事があると言う姉と、半年ばかり離れ離れになった事がある



その時姉は、ワシントンではない近くの産婦人科で一人の男の子を産み落としていた
姉を気に入りアメリカに来る度姉を呼んでいた、韓国の大手企業の社長の子供を身篭っていたのだ



その子供は産まれてすぐに教会へ預けられた
俺を立派な大人にするために、父親にもその存在を知らせずに姉は我が子を手放したのだ



俺が姉を愛している事に気づいたのは、その事実を知ってしまった時だった



ハイスクールから飛び級で大学へ進学した俺は、奉仕活動で通っていた教会で可愛らしい男の子を見かける



アジア人の顔立ちだがびっくりするくらい色白で、そしてそのくりくりとした目元がどこかで見た事がある様な気がしたんだ



人見知りが激しく癇が強かったその子は、教会でも持て余される子供だった様で
いつも教会の隅っこで、一人ぼっちで遊んでいた



何故だか俺はその子が気になって、吸い寄せられるようにその子に近づいた



『何で一人でいるんだ?俺と遊ぼう。
俺もさ、いつも一人だったからお前が遊んでるそのゲームけっこう得意なんだぜ』



そんな風に声をかけた俺を見上げた顔が
いつも俺のそばで、どこか寂しげな顔で俺を見上げているその人にそっくりだった



俺の差し出す手に色の白い小さな手を差し出したその子は、なぜかぎゅっと抱きついてきた
抱きついたまま何も喋らず、ただじっとしているその子がすごく愛おしく思えた



それ以来教会に行く度にその子に必ず声をかける様にして、その子も少しずつ俺に喋る様になり自分の名がテミンと言う事も教えてくれたのだけれど



姉さんとの食事の際にたまたまその話をした時
姉さんが急に食事を喉に詰まらせひどく動揺した事が妙に気になった俺は、大学の先輩で教会のボランティアをずっとやっている人に事情を尋ねた



そして、事実を知った



姉さんが誰かの子を産んだという事実
そして俺のために我が子を手放したという事実を…



問い詰めた時、姉さんは泣き笑いの顔で言った



〈私にはユノだけが生き甲斐だと言ったでしょう?産まれた時から、たった一人の大切な存在であるユノを…あなたを愛しているの

あなたが笑い、喜ぶことが私の幸せになる。
あなたが泣き、苦しむ事は私の不幸になるのよ〉



俺を抱きしめた姉さんが続けた



〈だから、こんな私のために苦しまないでちょうだい。ね、ユノ。私に笑顔を見せて?〉



〈愛している〉
姉さんが言ったその一言は、俺に背徳の行為へと踏み切らせた



俺も、姉さんを愛していると思った
唯一、心から愛している存在だと気づいてしまったから…







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渇欲 57
2017-05-04 Thu 21:00


このお話はフィクションです






「…ぃッ」



ベッドの上でチョン・ユンホに抱えられた時
前日に受けた傷に手が当たり、俺は小さく呻いた



『痛むか?明日医者を来させよう』



大した傷ではないけれど
そんな風に言うヤツの妙な優しさがくすぐったい



「いいって…こんな傷で往診なんかさせたら笑い者だよ」



そう言いながら
抱えられたままでヤツの厚い胸へ倒れこむ



この部屋で過ごす三日目の夜
三日という時間は、実際の日にち以上にお互いの距離を縮めていた気がする



ヤツの身体から香るボディーソープの匂いも
もう嗅ぎ慣れた匂いの様に思えて



包まれる温もりも
その心地よさを俺の身体が覚えてしまった様で
フレアと全力疾走して疲れた身体に、穏やかな入眠を促してくる



乙旺里の海岸にあるレストランでひとときの休息を楽しんだ俺たちは、再びヤツのマンションへと戻っていた



帰ってきて早々大きな荷物を抱えたセフンが現れて、俺をチラッと一瞥した後ヤツへ仰々しく頭を下げて帰って行った
その荷物は、真新しい衣服類だったんだけど



『お前にやる服が無くなった。
お前は細いから、俺のではだいぶ大きいと思ってな』



セフンはお前と体型が似てるから、自分に合う服をいくつか見繕って来るよう頼んだのだとヤツは続けた



『服を見てお前が一番欲しいと思った服はそのまま俺からのお礼だと思ってとっておいてくれ、と言ったら案外すんなり引き受けてくれた』



そう言って笑いながら荷物を広げるチョン・ユンホ



俺がセフンをおちょくった時、代表の事を悪く言うなと食ってかかった事を思い出した
きっとあの男は、チョン・ユンホを崇拝しているんだろう



「ご丁寧に新品の下着類まで入ってるけどさ、これじゃまるで、俺がこのままこの家に居着くみたいなんだけど」



広げられた荷物を見ながら口を尖らせる



『何だ。このまま居着きたいのか?
俺は時折、お前がこうして来た時の準備をしておいたつもりなんだが』



「なっ…!」



年がいくつも変わらないセフンはおちょくる事が出来ても
この男には、こんな風にあっさりからかわれてしまう



「居着かねーよ!フレアには会いに来るけどなっ」



俺はそう言って広げた荷物を一まとめにして、リビングで寛いでいるフレアの元へと逃げた



飼い主と同じ様な細面の顔にアーモンド型の目…
ヤツの目が黒曜石の様な色をしているのに対し、フレアは綺麗な琥珀色を瞳をしている



その目をキョトンとさせて抱きついた俺を見返すフレア
眠っているところを邪魔されたからか、長い足を伸ばして煩そうに俺を押し退ける



フレアのふわふわした毛の柔らかさが心地よくて
俺はしつこく隣に寝転び、フレアにまとわりついた



『フレアに嫌われるぞ。
彼に会いにくるんだったら、嫌われたら元も子もなくなる』



すぐ側まで来ていたチョン・ユンホに腕を引っ張られた



『フレアに嫌われたら、俺に会いにくればいいがな』



勘違いしてしまう様なヤツの甘い囁きは
海辺で与えられた優しいキスを思い出してしまう



見つめられるその目を逸らしてしまうのは
ヤツにとって俺がどんな存在なのかという事を
勘違いしてしまいそうになるからだ



「そりゃ会いにくるさ!あんたは俺のターゲットなんだからな!」



ヤツの胸を
さっきのフレアみたいに手を突っ張って押しのけて言う



そんな精一杯の強がりも



夕刻にやって来たプロの料理人によって作られた夕飯の美味しさと
ヤツが好きだと言う日本製のウィスキーの上品な酔いが



あっさり俺を陥落させてしまう



出張料理人に夕食を作ってもらうなんて、俺の人生においてある筈も無く
そんな些細なサプライズも俺に妙な高揚感を招いた



酔い覚ましにフレアと夜の散歩に出かけて
帰ってきた後、傷口に染みるお湯に顔をしかめながら広いバスタブに身体を沈めた俺は



今夜もこの男の腕の中に居る



『ターゲットと一緒にいる割には、全く質問もして来ないな?』



身体を交えた後
程よい疲労感でヤツの胸に抱かれていた俺へ、煙草に火をつけながらチョン・ユンホが言った



「相手を籠絡しようとして、手っ取り早くベッドに潜り込んだと思われたくないからな」



チンピラに乱暴され身体に傷を作りながら
今夜もヤツの与える快楽を余す事なく享受した俺が言う事じゃないかもしれないんだけど



『ほう。俺がお前の身体に翻弄されて秘密を吐露すると言うのか』



紫煙を燻らせながら、片手で俺を抱き寄せるチョン・ユンホ
その不遜な言い方にすら、大人の男という色香を色濃く滲ませている



「どうだろうな。俺に秘密をバラして記事にされたところで、きっとあんたは屁でもないだろうけどね」



口に咥えている煙草を奪い灰皿へ押し付ける
その代わりにヤツの唇に俺の舌をねじ込んだ



奥深い官能を与えられてもなお、ヤツを求めてしまう
俺が渇いていた物の全てを、この男によって潤わせて行く様に



「油断した所で一気にその首へ刃を突き立てるかもしれないよ?」



お互いの口腔内を存分に掻き回した後
その隙間から溢れる雫を舌で舐めとってから、ヤツへ告げる



『お前の標的にされるだけでなく、その恐ろしい刃を受けるのも悪くないな』



いや……
狂おしい程の情欲という刃を突き立てるのはあんただ
チョン・ユンホ……



「美人局って言うけどさ。男の場合は何て言うんだろうな?
俺の身体にのめり込むあんたに…ピロートークで秘密を話させるんだ…」



自分で話している言葉も夢か現か分からない
チョン・ユンホの腕の中で、俺は情交後の気怠さのまま眠りに落ちて行く



『ピロートークでか…お前の求める真実は、俺が話す事の中に存在するだろうか?』



チョン・ユンホのやや性急な口調が、耳に心地よい



「テミンが言ってた…ピロートークで聞き出せってさ…」



“高校生のくせにけしからんことを言う奴だ”



そう言ったチョン・ユンホの声は、俺の耳にはもう聞こえていなかったけれど
寝息を立て始めた事を確認することもなく、ヤツはゆっくりと話し始めた



チョン・ユンホには一回り年上の姉がいた事
テミンは、その姉の子供だという事



そして、その姉が
チョン・ユンホが唯一愛した女だったという事を







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