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渇欲 52
2017-04-09 Sun 21:00


このお話はフィクションです






俺は何故、あの男を自宅へと招き入れたんだろう…



ジャーナリストとして、俺を標的としているシム・チャンミン
その夜も、彼が毎夜の日課としているらしい【紫蘭】の張込みをしていた筈だった



その男が
仕事を終えて帰宅した俺の目の前に、前触れもなく現れたのだ



人気の無い深夜のマンションのエントランス
そこにぽつんと立っているシム・チャンミンは何かにイラついているのか、足元の小石を蹴飛ばしていた



この時間では奴が移動に使っているであろう地下鉄も、運転を終えている筈だ
【紫蘭】から自宅へ帰らずに終電で俺に会いに来たのだろうか?



前の晩
テミンの事で心がざわついていた時



行き交う車の向こう側で【紫蘭】を見つめている奴の姿が、ふと目に入った俺は
今夜の奴と同じ様に、奴の家へと何故か足を向けていた



その思いが心を掠めて
マンションの前から立ち去ろうとしているシム・チャンミンに声をかけた



何度か身体を合わせただけの関係
しかも奴は、俺に無理矢理身体を開かされた訳で



それなのにのこのこと付いて来て、大きな目をキョロキョロと動かし見る物全てにいちいち感嘆の声をあげる
挙句、俺の大切なフレアもあっさりと手懐けた



この犬種は、猫の様だと言われる事がある
無邪気に誰彼構わず尾を振る事も無ければ、飼主にすら余程の事がなければ愛想を振る事が無い



それなのに
一度匂いを嗅いだ後はあっさりと奴の言う事を聞き、しかも目で要求を伝えるまでになっていた



俺からシム・チャンミンの存在を匂いで感じ取っていたらしいフレアは
彼と一緒休むために買った寝室のベッドに、ここのところ乗らなくなっていたが…



その存在の正体を確認して納得したんだろうか



自分の家だけれど、心が休まる場所だと感じた事がなかったこの部屋で
奴を抱きしめその温もりの中で目覚めた朝の感覚は、言い様のない感情を心に残した



フレアだけが生きているこの部屋
そのフレアもまた、本来ならばこの世に既に存在していないという事実



俺という人間の…虚像を象徴する空間で
シム・チャンミンが俺の“真実”の存在を作ってくれている様に感じた



フレアの世話をする奴を見ながら、着替えをする自分の姿を
もう一人の自分が遠くから見ている様な錯覚を覚え、頭を振ってリビングを後にした



いつもの様に迎えの車へ乗り込み会社へ向かい
いつもの様に上着を脱いでから椅子へ腰を下ろし
いつもの様にジェウンから渡される予定に目を通す



何も変わらない俺の日常の筈だ



通常の仕事の他に青瓦台(ソウル特別市にある大統領官邸)の件も気にかけなければならず、時間はいくらあっても足りない程だというのに



フレアの頭を撫でる奴の笑顔が
頭に浮かんでは、消えて行く…



目新しい“玩具”だと思っていた



鋭い文章を書くシム・チャンミン
脅しにも屈せず、俺を射抜く様に見つめたあの強い眼差し



俺の失った物をあの男に感じ、そしてあらゆる面でちぐはぐさを持つ奴に興味を持っていたのは間違いないが…



俺は…どうかしているのかもしれない



あの大きな目に奴が追う“真実”が映った時
俺は破滅の時を迎えるのだろうか?



いや…違う



その時は破滅の先にあるであろうこの世の果てを、あの男と共に見に行けばいい



俺の心に複雑な感情を芽生えさせた男…
その手を離してやる気はもう無くなった



シム・チャンミン
お前はもう俺の物なのだから



朝は柄にもなくぼんやりしていたが
その後は青瓦台や検察からひっきりなしに訪れる来客の対応に追われて



代表室へと戻った時、窓の外は既に宵闇に包まれていた



〈代表。紫蘭の前の店で騒ぎがあった様です〉



疲れた身体を椅子へ深く沈ませ煙草に火をつけた時、ジェウンが言った



『何の騒ぎだ』



ゆっくり紫煙を燻らせながら彼に尋ねる
あの店に関しては余程の事で無ければジェウンが口にする事もない
…あの男の顔が再び脳裏に浮かんだ



『あれに何かあったのか?』



ジェウンは左様ですと返し、スマートフォンの画面を俺へ見せて寄越す



『最初に書き込んだのはテミンか…。
あれに乱暴した奴を始末しろ。周りへの見せしめだ』



シム・チャンミンは俺の物だ



俺の物をどうにかするという事は、俺に対して刃を向けたという事になる
それを周囲に知らしめなければならない



狎鴎亭に生きているものならば、知っていて当然の事で
それを知らずにあの場所にいる事自体、最早存在すべき人間ではない



不必要な物は排除する、それは当然の事だ
頭が回る人間であればそうならない様に出来る筈で
出来ない者は俺の目の届く場所に存在してはならない



俺の大切な場所である【紫蘭】の目の前であれば尚の事



そして



俺の大切な存在である【シム・チャンミン】に何かをしたのであれば、八裂きにしても足りない程だ



『車を回せ』



ジェウンにそう言う前に
俺はもう上着を羽織っていた



社から狎鴎亭へ向かう車窓にいつもの景色が入ってくることはなく
ただ、フレアに向けていたあの男の穏やかな顔が浮かんでいた



フレア…姉さんが愛した犬
シム・チャンミンがフレアへ向けた笑みに、姉さんの笑顔が重なる



バカな事を…
似ても似つかない二人を重ねるとは



〈代表。今スヒョクから連絡がありました。
シム・チャンミンが紫蘭へ来店しているそうです〉



心に浮かんだ妙な思いを断ち切ってくれる様にジェウンが報告する
ルームミラー越しに軽く手を上げ返した



ふっ……面白い奴だ
俺から逃れようとしないばかりか、自ら俺の元へ飛び込んでくるとは



奴は、何を思い紫蘭へと足を向けたのだろう



入口で頭を下げて出迎えるスヒョクの肩を軽く叩き、奥の部屋へと向かいながら
予想もつかない行動を次々と起こしてくるシム・チャンミンが、どんな顔で部屋に居るかを想像する



そういえば…
今日の俺は、一日中奴の事を考えていた気がするな



ドアを開けると
殴られて地面に引き倒されたのか、ボロ布の様になった奴がゆっくり俺を見上げた



その瞳には何故か安堵の表情が見てとれて
その顔を見た瞬間俺も、同じ安堵という感情のせいで力が抜けた気がする



『いい男が台無しだ…』



奴の顔へ自然と伸びた俺の手は



俺の心に芽生えた複雑な感情が何なのかを
もう全部、分かっている様に感じた






皆様へ


いつもお運び下さりどうもありがとうございます


「渇欲」は不定期更新とさせて頂いておりますが、なるべく日曜と木曜に更新出来るようにさせて頂いております


本来ならば以前の様に末尾へ次回更新日を入れたいのですが、毎回ぎりぎりの状態で書き終えているためにそれも出来ずにおります事をお詫び申し上げます


愛犬の件で行けるか分からなかったSHINeeのライブに、今週何とか行ける事になりました


昨年から愛犬のためにずっと頑張ってきた自分へのご褒美になると思います


そのため、今回木曜の更新はお休みさせて頂きます


いつもいつも私の都合でご迷惑をおかけし、本当に申し訳ございません


何卒よろしくお願い致します


ゆんちゃすみ






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渇欲 51
2017-04-06 Thu 21:00


このお話はフィクションです






金曜日の長い夜は
傷に染みる消毒液に顔を歪める事から始まった



自分で手当てをする俺を見ながら、数台のパソコンを起動させカチャカチャとキーボードを叩き始めたLucifer



この男は毎夜ここで何をしているんだろう…



〈これでよし、と。
あの店の寿命は今夜限りだろうなぁ〉



細い脚をデスクに乗せて背もたれに寄りかかる姿は、精一杯悪ぶる優等生の動作に見える
俺が見た限り、Luciferは品の良い服を着て上等な椅子に座っている方が似合う気がして



「あの店って、さっきの男の?」



ヒビの入った鏡を見ながら口元に絆創膏を貼り、Luciferへ尋ねる



〈そうだよ。あんな暴力野郎がこの街にいちゃダメだと思うし〉



こんな見た目の不良少年には、意気がって無理に吸うタバコの方がそれらしいけど
Luciferは棒のついた飴玉を咥えていて、それをしゃぶりながらチラッと俺を見た



〈帝王のお気に入りを痛めつけるとどうなるのかっていうのも、ちょっと見てみたいから〉



“悪さをする悪戯っ子”
そんな表現がぴったりな顔をするLucifer



「あのさぁ、お前何を知ってるのかわかんないけど。
狎鴎亭の帝王とか、お気に入りとか、ホント何なんだよ」



薄々は気づいているけれど
こんな風に言った方が、コイツもさらっと本当の事を言ってくれると思った
…あの掲示板に書き込んでいる主だと思ったから



〈この国は完全なネット社会になっちゃったでしょ?SNSやリアルタイムのチャットには色んな情報が溢れかえってて…

その情報がデタラメでも事実でも、面白ければいいっておかしな世界だよね〉



そう言ってペロリと舌を出す



〈シムさんも、もう有名人だよ。
ウェブニュースを作ってる割に、ネットの情報に疎いんだねぇ〉



そう言ったLuciferは傷の手当てを済ませた俺に手招きをする



やつの示した画面を見るとそこには案の定
俺がミノから教わって見ていた地域の掲示板が表記されていた



“帝王に本命の恋人か?!”
“背が高くてイケメンの男妾を寵愛中”



そんな書き込みが無記名で羅列している



「何だよ、これ…」



自分の事を書いていると思えない、そんな文章に呆れ果てる



“大変だよ!!帝王の城の目の前でお気に入りがボコられてた!”



その書き込みがされた後
燃料を投下されたかのごとく、秒単位で次々と書き込まれていくチャットを見て驚いた



〈僕が書き込んだの〉



そう言って、Luciferはもう一度ペロリと舌を出した



〈シムさん。自分ではあいつの正体を暴く、って意気込んでるんだと思うけどさ。
シムさんはもう、あっちの人になってるんだよ〉



Luciferは子供みたいな顔から急に表情を消し、いきなりそんな事を言った



〈でも。僕はシムさんの書く新聞好きだよ。
あいつの正体に少しでも近づいてくれるって信じたいんだ~〉



相当な気分屋らしいLuciferは、その後どう声をかけても生返事しか返してくれなくて
【紫蘭】の開店時間もとうに過ぎていたから、助けてくれたお礼を言って地下室を後にした



この男から情報を引き出すには相当骨が折れる…なんて思いながらいつもの場所に戻る



つい一時間前に、俺が屈強な男から暴力を受けた場所
いつも賑わっている隣の飲み屋は、開店準備をしていたさっきの繁雑さが嘘みたいにひっそりとしていた



「あんたの店の敷地には入ってない」
さっきはそう言ったけど、あまりの事に驚いて店の入口に行ってみる



店の入口は開いていて中を覗いて見ると
あちこちに椅子が転がり、グラスや酒が散乱していた



〈帝王のお気に入りを痛めつけるとどうなるのか楽しみ〉
そう言っていたLuciferの言葉が脳裏をよぎり、全身が総毛立つ



俺はいつも定位置に座らず、その足を【紫蘭】へ向けた



俺なんかが入れない事は分かってる
でも
Luciferの言う〈帝王のお気に入り〉がどれ程の威力を持つのか、試してみたくなった



重厚な石造りの門構え
【紫蘭 Hyacinth orchid】と小さく刻まれた入口…



その脇に立つ黒服の男の目の前に立ってみると
男は怪訝そうな顔で俺を見るなり、あからさまにその顔色を変えた



突然の事にどう対処していいのか迷ったらしく一瞬目を泳がせたものの、トランシーバーで何か連絡を取っている



俺が誰なのか、見るだけで分かったって事だよな…
自分の知らない所で自分が知られている事実を目の当たりにした



《こんばんは、シム・チャンミン様。急なお出でで驚きました》



ヤツからここの店を任されるだけの事はあるんだろう
彫刻の様にきれいな顔をしている支配人、イ・スヒョクが平然とした表情で現れた



《今夜は何かお召し上がりになられますか?》



俺を店へと案内する様に手を差し出し聞いてくる



「こんな格好だけど入れんの?
ここで払えるだけの持ち合わせなんかないけど」



ヤツが貸してくれたタートルネックのセーターにジーンズを着てる俺は
どう見てもカジュアル過ぎてこの店には到底似つかわしくない



挙げ句の果てには顔にあざを作り絆創膏が貼られて、羽織っているコートはさっきの乱闘ですっかり汚れていた



《どうぞ、こちらへ》



彼のその単純な返事は
それ以上聞いても、細かい事は何も言わないと予期させた



イ・スヒョクの後に続き、店の奥へと進む
通されたのは、俺がヤツに以前抱かれた部屋だった



《すぐご用意致します》



モデルの様なその見た目に似合うきれいなお辞儀をして、彼は下がっていった



「狎鴎亭の帝王のお気に入りか…」



少なくともヤツの持ち物であるこの店の人間が、俺を知っているのは仕方ないって思う
だけど…Luciferが書き込んだ事で、あの飲み屋がどうにかされたんだという事に動揺していた



ボーイではなく支配人であるイ・スヒョクが自ら酒を運んでくるのも
俺が狎鴎亭の帝王…チョン・ユンホの“愛人”で“男妾”だからか



《お怪我が大した事がなくて何よりでございました》



そう言いながらグラスにアイスを入れるこの男の言葉が、全てのことを物語っていた



俺が誰とどこで何をしていたのか
この店の中にずっと居たはずのこの男が知っている
見えない力が、動いているんだと思った



「おかげさまで。ボクサー崩れなんですかね、随分といいパンチでしたけど」



彼の作ってくれたウィスキーを口に運ぶ
チョン・ユンホが美味しいと言っていた銘柄の酒が口元の傷に染みた



《程度の悪いチンピラが何かで金を手にして店を出したんでしょう。
きっと今頃は、どこか冷たく暗い場所で凍えているでしょうが…》



やっぱり俺を殴ったせいで
あの男はどうにかされたんだ…



凍えている、と言ったイ・スヒョクの表情の方が
陶器の様に冷たく、生きている人間のものとは思えなくて
自分の置かれている状況への恐怖を感じた



チョン・ユンホ…
俺がターゲットとしている男がどれだけの存在なのか、どれだけの力を持っているのか



その事実を突きつけられた気分だった



『あの辺り一帯は俺の物だ』
そういえば、以前ヤツがそんな事を言っていたっけ



その時は何て大袈裟な事を言うんだろうと思ったけれど
今日の事を考えると、ヤツの言う事は嘘なんかじゃないと痛感する



そして俺という存在も…
チョン・ユンホの所有物の中に組み込まれてしまったんだ



作ってもらったウィスキーの水割りを飲み終わる前に
知らせを受けてやって来たらしいヤツが部屋に入ってきた



『いい男が台無しだ…』



革の手袋を脱ぎながら俺の口元に手を添えるチョン・ユンホ
その深い眼差しに吸い込まれそうになる



めちゃくちゃに殴られた事も
殴った男が店ごと姿を消した事も



ちっぽけな存在である俺には、大きな衝撃で



チョン・ユンホのそんな深い眼差しを見て、なぜか安堵してしまった俺は
この男からのに逃れる術はないという“事実”に
気づいてしまった



大きく広げられたチョン・ユンホの腕の中に
安らぎを求めている俺がいたんだ






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渇欲 50
2017-04-02 Sun 21:00


このお話はフィクションです






点と線が
一つずつだけれど繋がった感じがした



時間というものは集中しているとあっという間に過ぎていき
気づくともう空が夕焼けの色に染まっていた



ミノも俺のそんな性格を知っているから、あえて声をかけずに居てくれたんだろう



自分のやるべき仕事をきっちりとやり終え、俺宛に〈調べたい場所があるから〉というメモを残して先に帰ったようだ



俺も今週号の最後の校正を済ませてから、いつもの時間に更新をセットしてパソコンの電源を落とした



検察から請求された大統領の逮捕状を裁判所がどう判断するか、来週にも答えが出るだろうけれど



現職の大統領という事で前例も無く、判断が難しいと推測される



地下鉄の中で開くスマホのニュースにも、俺の頭の中にある内容と同じような言葉が並ぶ



…チョン・ユンホは
この流れをどんな思いで見ているんだろうか



『この騒動についてのお前なりの見解が楽しみだ』



ウィスキーを飲みながらヤツはそんな事を言った
俺が書く物を見ているんだという、妙にくすぐったい気持ちになったけど…



現大統領をその場から引きずり下ろす事は
ヤツ自らが望んだ事なんだろうか?



それとも



そうする事がヤツにとって好都合というだけなんだろうか?



分からない…
点と線が一つずつ繋がって行く事で
俺はその答えを得る事は出来るのだろうか



今夜もいつもの様に【紫蘭】へと足を向ける
地下鉄の駅から地上へ出ると、週末の狎鴎亭はいつもの賑わいを見せていた



いつもより少しだけ早かっただろうか
これから飲みに向かう連中が楽しそうに会話していたり、夜の街で働く人達が職場へと急ぐ姿も見えた



俺がいつも【紫蘭】を見張っているビルの脇に辿り着く



そこの建物に入っている飲み屋もこれから賑わいを見せるんだろう
今はまだ、従業員が準備の為に忙しなく出入りしていた



《何だ、あんた。こんな所に座って邪魔なんだよ》



俺の事を訝しげに見ていたバイトの女の子が言ったんだろう
店の店長なのか、やたらと強面な男から声を掛けられた



「ダメなの?ここは通路でしょ。あんたの店の敷地には入ってないじゃん」



俺は事実を言っただけなのに、その男にいきなり掴みかかられた



《その言い草は何だよ?舐めてんのか?》



人間というのは、どこか虫の居所が悪い時がある
この男ももしかしたらそうだったのかもしれない



俺は普通に接したつもりだったのに…



「あんたみたいなおっさんなんか舐めたくなんかねーよ」



止せばいいのに
向こうがそんな言い方をすれば、こっちもそんな風に返してしまう



こういう所が俺のダメな所だって
よく分かってるんだけど…



次の言葉の代わりに
俺の顔へ強烈な右フックが飛んで来た



俺はあんまり喧嘩は得意じゃない
背だけは妙に高いけれど、横幅が無く絶対的にパワー不足だから



あっという間にこの男のサンドバッグと化した



反撃する事もなく、ただされるがままに殴られる
痛いとかそういうのは感じない
人間というものの落差を感じて、ただ虚しいだけだった



〈その辺りでやめといた方がいいよ?〉



突然聞いたことがある声が、その男の背後からかかった



《なんだ?テメーも殴られたいのか?》



喧嘩の仲裁に入るにはこれまた不適切な体型のLuciferが、蔑む様に男を見ていた



今日もまた革のジャケットに膝小僧が丸出しのダメージジーンズを履き、手にはブランド物のバッグを持っているLucifer



蒼い目は、屈強な男をも恐れない強い眼差しを見せる



〈悪い事は言わない。その人を離した方がいいよ〉



Luciferの飄々とした言い方が、目の前の屈強な男へ更に燃料投下した様で
俺を掴んだ手を離しパッと身を翻すと、彼の細い腕を掴んだ



〈あんたさ、この店に入ったばっかり?ここで商売やりたくないの?バカだね。

…その男は狎鴎亭の帝王のお気に入りだよ?〉



Luciferは掴まれた手を振り払い、たわんだ袖をぱんぱんと直してから続けた



〈僕はLucifer。その名前も聞いたことが無かったら、あんたよっぽど無知だね〉



狎鴎亭の帝王のお気に入りと聞いた瞬間
男の顔から文字通り血の気が引いたのが分かった
そしてLuciferと聞いて更に後ずさりする



〈この人をこんな目に合わせたって知られたらどうなるかなぁ?早く対策を講じた方がいいね〉



屈強な男はでかい図体をこれでもかというほど小さくして、自分の店へと逃げて行った



〈大丈夫?ほら〉



路地に倒れている俺に手を差し伸べるLucifer
金髪の髪を立ち上げて目一杯大人びた雰囲気にしているけれど、心配そうに小首を傾げる顔は幼かった



俺に二十歳と言っていたけれど、本当はもっと若いのかもしれない



「悪りぃな」



素直にその手を握り、身体を起こした



〈狎鴎亭も落ちたものだね。あんな品の無い人間が居るんだからさ〉



以前会ったあの地下室に向かっているのか、
Luciferはそう言いながら歩き出す



「俺は元々ここに縁がないから。どんな人間がこの場所に相応しいのか分かんないな」



俺はそう返しながら汚れてしまった服の埃を払い、定位置に座った



〈手当てしなきゃ。血が出てるよ〉



座った俺の腕を再び握って、俺を立たせるLucifer



「大丈夫だって。こんなのどうって事ないよ」



〈ダメだよ。すぐ済むから、ほら。それに紫蘭の開店時間まではあと小一時間あるよ〉



Luciferは俺が【紫蘭】を見張っている事を知っている



いつどうやって知ったのか?



そもそも俺がチョン・ユンホをターゲットとしている事にも何故気づいたのか?



Lucifer、と名乗って相手が怯んだ理由は何なのだろうか?



この男の話をもっと聞きたいと思い立ち、素直について行く事にした



地下室の鍵を開けるとLuciferは早速奥から箱を持ってきた
その箱には包帯や消毒液、傷薬などが乱雑に収まっていた



「用意周到だな…いいよ、自分でやる」



手当てしなきゃ、と言いつつも
消毒液をガーゼに浸す動作がぎこちなくて
見ていてまどろっこしい気分になり、ヤツの手から道具を奪い取った



〈自分でやるのと人にやってあげるのとは、ちょっと要領が違うね〉



さっき屈強な男に対して強い目線を投げていた彼とはまるで別人の様に、はにかんだ笑顔を見せる



「Luciferさぁ。昼間清潭洞のお屋敷にいる王子と、夜に薄暗いこの地下室にいる不良少年と。
どっちがお前の本当の姿なんだろうな」



二面性を持って生活しているのには、きっと理由があるんだろう
ボコられている俺を助け、手当てをしようと言った彼はどっちの彼なんだろうか



自分の傷を手当てしながら
目の前でこれも不器用そうな手つきで、コーラをコップに注いでいるLuciferに聞いてみる



……トングで掴んだ氷を不器用な手つきでグラスに入れていた、あいつの顔がふと浮かんだ



どことなくチョン・ユンホと似ている…何故かそんな風に感じた



〈どっちの僕も、僕じゃないのかもしれないね〉



コーラを俺に手渡してくれたLuciferは
蒼い人工的な瞳に哀しみの色を浮かべていた



チョン・ユンホが過去に負った哀しみ
Luciferにこんな目をさせる様になった哀しみ



その二つの哀しみがどれくらい深いものなのか
俺はまだ、知る由もなかった






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渇欲 49
2017-03-30 Thu 21:00


このお話はフィクションです






〈ヒョン、珍しくセーターなんか着ちゃってどうしたんですか?〉



ヤツと共に眠り夜明けを迎えた俺は
ヤツから渡された服を着て新聞社に到着した



先に出社して資料をまとめていたミノが、俺を見るなり目敏く指摘してくる



「んあ?!これな!!母さんが送って寄越したんだよ。なんか俺って雰囲気じゃないよな?」



取材の時にはその場その場に相応しい嘘がポンポン出てきて
案外役者に向いてるかもしれない…なんて思ったもんだが



どうも最近、嘘が下手になっている気がする



〈ヒョンはいつもパーカーですからね。違う人が入って来たのかと驚きましたよ〉



いつも通りの人懐っこい笑顔を見せながら、出来上がった記事を俺に渡すミノ



彼の純粋な目からも…俺は最近逃げている気がする



ミノに対して、なんとなく後ろめたさを感じているからだと分かっているけれど



…その本音からも逃げている俺がいるんだ



パソコンを立ち上げ、国内三大新聞のウェブ版に一通り目を通す
自分も“新聞”を作っているからこそ、毎日必ず目を通したい



タブレット端末で米国の株式市場をチェックしていた翌朝は、アナログに新聞紙を広げていたチョン・ユンホ
彼なりのこだわりなんだろうか…



今日の紙面もやはり騒がしいのは青瓦台の件で
大統領は毎日自分自身の汚職への疑惑を払拭するべく、国民へ向けた会見を開いている



「あれだけクリーンなイメージだった人なのにな。こうも印象が変わるもんかね」



颯爽としたイメージで、外交の場でも常に新しい風を吹き込んでいるようだった人が
そんな姿は今や見る影もなく、汗を拭きながら何かに追われている雰囲気しかなかった



テレビで朝のニュースをチェックしていたミノも
彼の爽やかな雰囲気に似合わない舌打ちをして、そんな大統領を憐れんだ



〈任期が一年残ってますけど、世論はその期間をどれだけ我慢出来ますかねぇ〉



そう言ってコーヒーを口に運び、リモコンをテレビに向けて電源を落とした



今週号はほぼ出来上がっているから、来週に向けての紙面作りに取り掛かった
大統領の件ももちろんだけれど、俺には追わなけれはならない大事な案件があるんだ



あれからずっと、あの男の持ち物であるという会員制高級クラブを張り込んでいる



ミノから教わったデジタルカメラを手元に忍ばせて、クラブに訪れる面々を撮影したけれど
道路を挟んでの距離が邪魔をして、あまり鮮明には撮れていなかった



ミノがいつも使っている望遠レンズであれば
きっと表情も読めるくらいに映るんだろうけれど…



「そういえばミノさ、前に紫蘭で張り込んでた時があったよな。
あの時って例のスムダンの会長とか検察庁長官とかしか写真撮ってない?」



ふと思い出した事を彼に尋ねる
ミノはパソコンの画面から顔を上げた



〈やだな、ヒョン。俺はこれでもチンシルウィークリー専属カメラマンですよ?
明確なターゲットだけでなく、前後に出入りしていた人物もちゃんと撮ってます〉



購読者数四桁にようやく手が届いたような弱小の新聞社だけれど



ミノが誇らしげに胸を張り、そんな風に言ってくれたのがすごく嬉しかった



「だよな、悪りぃ。お前の事を信用してないって訳じゃ無いんだ。むしろミノの方が俺よりも…」



この新聞社を大切にしてくれていると言いかけた言葉は、彼がかかってきた電話を取った事でそのまま飲み込んだ



ミノは電話で応対しながらも、パソコンを使ってさっき言った写真のデータを俺に送ってくれる



ギプスをしているのに手際が良い彼は
やっぱり俺よりも、よっぽどここの主筆に相応しい人間の様な気がする



そう思いながら送られてきたデータを開いた



この数週間続けた【紫蘭】での張り込みで、自分の目で見た人物の記憶
その記憶を手繰りながら、ミノが撮っていた人物を照らし合わせる



あの時は
あくまでもスムダン会長とアイドルの不倫が、彼等を追っている理由だった



俺が地道な聞き込みでデータを集め、ミノはひたすら自慢のカメラでターゲットを追っていて
そして、あのクラブに辿り着いたんだ



少し前の出来事なのに、すごく前の事の様に感じるのは



俺がチョン・ユンホというとてつもなく大きな存在に出会い、濃密な日々を送っていたからかもしれない



男としての憧れみたいな気持ちから始まった



最高級のベンツに相応しい威風堂々とした圧倒的存在感
国内最大級の企業を手中に収めた時も事もなげに
多くのカメラの前で淡々と語っていたあの男



その男の腕の中で与えられる快楽を貪り
そして共に夜明けを迎えた俺は…これからどうすればいいのだろうか?



ヤツを追い詰める事は
もしかしたら自分自身も追い詰める事になるのかもしれない



だけど



俺はこれでもジャーナリストの端くれだ
ミノが胸を張ってくれた様に、俺も自分の作る物に自信を持っているんだから…



チョン・ユンホは俺の“ターゲット”だ
それ以上でもそれ以下でもない
もう一度自分にそう言い聞かせ、写真の整理に取り掛かった



……あれ?
この男、どっかで……



ミノが撮っていた写真の中で、検察庁長官が写っている前後に数回写っている人物がいた
そして俺の記憶の引き出しの中でも、数回見た顔だった



確か最大野党のスンリ党党首と一緒に居る所を見た事がある



高価そうな革のコートを着ているが、それがこの男の落ち着きのない雰囲気に馴染んでいなくて
何か良いにおいのする方を常に探っている様な、狡猾そうな表情が印象的だった



そして
紫蘭前で見た引き出しの記憶以外でも、何かでこの男を見た気がした



その時、スマホに登録してある大手新聞紙の新着ニュースを知らせるアラームが鳴った



〈ムン大統領逮捕へ!検察当局、建国史上初の現職大統領への逮捕状請求〉



そのニュース速報を見て思い出した
この男はムン大統領の義理の弟のパク・ジニョンだ



パクが運営する財団法人が施設を作る際に土地の譲渡で問題を起こした
その際、義理の兄である大統領に泣きつき一喝された事を逆恨みしているって睨んでた人物だ



何かが、繋がった気がする



ミノが昼飯の事を話しているのがちっとも耳に入らないくらい、夢中で自分の推理を文章に起こしていた



大統領は巧妙に仕組まれたシナリオに乗せられて、その座を引き摺り下ろされようとしているんだと思う



そして
その背後には…



事実状の大統領府だと揶揄された【紫蘭】の主である、あの男がいる気がした



チョン・ユンホ…



俺を抱きしめながら眠りについたあの男の“真実”に



初めて共に目覚めた今日やっと
一歩だけ近づいた様な思いがした…







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渇欲 48
2017-03-26 Sun 21:00


このお話はフィクションです






聞きなれない電子音がどこか遠くで鳴っている



何の音なのか分からないままその音が止む
そして、隣の温もりがスッと動いた



「う……ん……」



微睡から少しずつ覚醒してくる自分の頭の中で
見た事のない天井や辺りの雰囲気にクエスチョンマークが飛び交う



自分の身体に残る鈍痛に顔をしかめながら上体を起こした



「そっか…ここあいつん家だった…」



さっきの音はきっと、ヤツが仕掛けていた目覚まし時計の音で
その音に目を覚ましたチョン・ユンホが動いた事で、隣に居た俺も目が覚めたんだろう



「イッテェ…あのヤロウ、めちゃめちゃにヤりやがって」



妙な鈍痛がする腰を押さえながら、ベッドからゆっくりと這い出す



床に落ちて居た自分の着替え…といってもヤツが用意してくれたスウェットだけど、それをやっとの事で着てから部屋を出た



めちゃめちゃに…と言いながら、その悦楽に喘いだのは自分自身だ
自嘲気味に笑いながら廊下を歩く



『お前の分はないぞ』



良い匂いにつられる様にドアを開けると
テーブルで優雅に朝食を食べているあいつが居た



「開口一番がそれかよ…」



痛む腰を庇っているから何となくぎこちない歩き方になってしまう
コーヒーカップを口元に運びながらそんな俺を一瞥したチョン・ユンホが続けた



『料理は出来るか?冷蔵庫の中の物は好きに食べていい。自分でやればの話だ』



そういう自分はどうしたんだろう?
言われた通りにキッチンへと足を向け、これまたやたらデカい冷蔵庫を開けてミネラルウォーターを取り出した



『俺の朝食はキーパーが作ってくれている。フレアの世話と一緒にな』



聞いてもいないのに俺の頭の中を読んだ様な事を言うチョン・ユンホ
俺ってそんなに分かりやすいんだろうか?



『…お前は俺の物だ…』



昨夜ヤツに言われたその言葉がパッと浮かび
慌てて頭を振った



「あんた不器用そうだし。料理する様には見えねーもんな」



ヤツへ精一杯の反撃をして、冷蔵庫から卵とハムのブロックを取り出す



うちの三倍はありそうな広いキッチンはキーパーの人がきちんと整理している様で
調理に使用するそれぞれが、初めて来た俺にもすぐに見つけられる様になっていた



カットボードでハムを切り卵を割り溶いていると、脇からフレアが黒い鼻を覗かせた



「うわっ、おまえ危ないぞ。デカいからキッチンに届いちゃうんだな」



俺の腰元辺りの高さがある調理台を覗き込むフレアから、カットボードと包丁を遠ざける



『卵が好きなんだ』



いわゆる三大紙の朝刊を読んでいるヤツがぽつりと言う
言われてみると確かに、彼の綺麗な茶色の瞳は俺が溶いている黄色い液体をジッと見つめていた



「じゃあフレアの分は味付けなしで先に作るから。なっ、待ってろよ」



飼い主よりも聞き分けが良いらしく、フレアは俺から離れて床に伏せた



「おー、いい子だな。俺の言う事ちゃんと聞いたよ」



床に伏せたまま今度は俺の事をジッと見上げている姿が可愛くて、ついテンションが上がった言い方をしてしまう



『俺からする匂いの相手が分かったんで、フレアも納得したのかもしれないな』



いつの間にか俺の背後に居たらしいヤツが流しに食器を下げながら言う
その距離が近くて、俺は思わず身構えた



『何だ。何かされると思ってるのか?』



俺の腰をぐっと引き寄せて耳元で囁くヤツ
自分の顔が紅潮するのがわかり、顔を伏せながら膝でヤツを押し返す



『フレアが見ている。何もしないから安心しろ』



フッと忍び笑いを見せながらキッチンを後にするヤツに、思わず包丁を振りかざしてみせた



それを振り下ろす勇気は当然ないけど…



味付けなしのスクランブルエッグを入れた皿と
ハムを入れブラックペッパーをふんだんに振りかけた、自分用のスクランブルエッグを持ってテーブルに移動する



コーヒーメーカーに出来ていたコーヒーと、余分にあったパンも勝手に貰った



白く長い尾を優雅に揺らしながら付いてくるフレアの前に皿を置いてやるが、なぜか食べない
フレアは俺の顔を見て何やら訴えかけている様だった



『彼の食事はスタンドの上に乗せてやってくれ。
背が高いから、地べたに置くと食べづらいんだ』



着替えを済ませてきたらしいヤツが、カフスを嵌めながらフレアの代弁をしてくれる
今日もまた、いつもの黒いトラウザーズをはいて対になったベストを着ていた



胸板が厚く肩幅の広いヤツは、本当にスーツが映える体型だと思う
さりげなく光るカフスは、前に見た時に黒い石がついていたっけ



「おお、そっか。ごめんな、フレア」



辺りをぐるっと見渡すと器に入った水が置かれている台があったので、その横へ皿を乗せてやる
するとフレアはすぐにやって来て、ようやく食べ始めた



『俺はもうすぐ迎えが来る。お前も新聞社へ行くんだろう?』



ちらっと腕時計の時間を見ながら言ったのへ、俺もポケットのスマホを見て返す



「飯食ったら行く。鍵は?フレアは平気なのか?」



普通の犬みたいにがつがつ食べるわけでもなく、のんびりと卵を食べているフレアを見る



『フレアは10時にキーパーの人が来た後、散歩へ連れて行ってもらうはずだ。
オートロックになっているからお前は好きな時間に出ればいい』



そう言いながら、ヤツは手に持った物を俺に寄越した



『同じ服を着ている言い訳も自分で考えられない奴だからな。これをやる、着ていけ』



ホテルで過ごした時の事をからかっているんだとわかり、出て行くヤツの背中目掛けてそれを投げつけた
あの日も確か俺は枕を投げていた気がするけど…



っていうか
あいつホントに何なんだよ…



俺の事これっぽっちも恐れていないんだろうな
この家を俺が家探しして、ネタを探す事だって想像出来るだろうに



妙に信用されてんのかな?
ほんと意味がわかんねー



ヤツ目掛けて投げつけた物をよく見ると、真新しいタートルネックのセーターだった
同じ服を着て朝帰りした状態でミノには会えないと、騒いだ事をきっちり覚えてたんだ



本当に変なヤツだ…全く



朝食を済ませて片付けた後、そのベージュ色のニットに着替えた
自分が昨夜着てきた服を持って、どこに置いたか忘れたリュックを探す



広いリビングに置かれている調度品は
きっと高い物だろうけれどすごくシンプルで



寝室もそうだったけれど、やっぱり人が生活をしている空間とは少し違う感じがした



好物の卵を食べて満足したらしく、大きな身体でゆったりとソファーに座ったフレアだけが



この家にある“生”だと感じた



寝室の入口に置かれているリュックを見つけ、そちらへと足を向ける



するとこの部屋の隅に、写真立てに入った写真が置かれているのが見えた



何の飾り気もないこの部屋
フレアだけが生きている様に感じたこの部屋



そこに置かれている写真立てもまた
思い出の一枚とは思えないほど、ひっそりと目立たない存在だった



何気なく手にして見ると、そこには



角帽を被る若き日のチョン・ユンホと
その横に座る年上の女性の姿が映っていた



この人がヤツのお姉さんなんだろうか?
大学の卒業式の様で、誇らしげに弟を見つめている様な構図に見える



ソファーに座っていた筈のフレアが側に来て、写真立てを持っている俺を見上げていた



「ごめん、戻すよ」



そう言って彼の頭を撫でた



自然と謝る言葉が出たのは
フレアの目が、その写真を持つ事を咎めている様に感じたからだ



再びソファーに座る彼の頭をもう一度撫でてから、リュックを背負う



専用のエレベーターに乗り込み、降下していく間
ヤツと出会ってからの一連の流れを思い返していた



この数週間で俺はあいつと急激に接近していた



そんなチョン・ユンホと初めて共に迎えた朝



この家の空間に漂う違和感と
ヤツの物になったという自分への違和感が
俺の胸の奥で奇妙な渦を生んでいた



その奇妙な渦を読み解く事が
チョン・ユンホという男の本当の姿を
知る手がかりになるのかもしれない



あの男の側に堕ちてゆく自分を



自分で止める術は既に無いという“真実”には
気づく事は無かった







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